アザミがなかったので、千両(黄) 

千両(赤) 

エンジェルトランペット 

 願成寺メールマガジンのより充実そして何よりも継続のため、観智院の土屋正道上人の応援を仰いだ次第です。8月号より10回に渡って特別寄稿を頂戴いたすこととなりました。上人と仏縁をいただいたことが嬉しく思える、お会いいたして癒される上人の人柄に惚れてのお願いであります。ぜひともお読みいただき、人の輪に加わってほしいと思っております(願成寺住職 魚尾孝久)。

 もう15年も前のことになります。信州鉢伏山での念仏修養会に参加しました。高山植物が咲き乱れ、山頂からは360度の展望が可能です。道場のまわりにも夏の強い日差しを浴びて、花々が輝いていました。休み時間に、念仏の先達Sさんと散歩に出かけたときのことです。一輪のアザミが目に留まりました。Sさんは足を止めてしみじみといいました。
「きれいですねぇ…。」
紫色の花が陽光を受けて明るく光っています。私も思わず
「きれいですねぇ…。」と声を出していました。
 ところが、Sさんの心をときめかせたのは、花びらではありませんでした。彼が美しいといったのは茎の上、花びらを支える「がく」だったのです。とげに覆われ、黒光りする、一番目立たない「がく」をほめていたのでした。
 私たちは、華やかで美しい花びらばかりに目が奪われますが、地味でとげがある「がく」には目が届きません。しかしその「がく」が花びらを支えているのでした。さすがにSさん、目の付け所が違うものだなぁ、と感心いたしました。

 さらに驚いたのは、よくよく見つめると、「がく」は本当に美しいのです。
黒一色ではありません。見る角度によって変幻自在。いや同じ方向から見ていても、風にそよぐたびに色彩が変化するのでした。

 「美しい花にはとげがある」という言葉があります。私たちは他人の長所をほめず、短所を責めます。ところが仏様のみ光はすべてのものを平等に照らしてくださいます。仏様は「とげがあっても花をほめて」くださるのです。そればかりか、とげはとげのまま、役割を与え輝かせてくださっているのでした。

 今年、何十年ぶりに、奈良の法隆寺に参りました。伽藍の回廊から、野に咲くアザミが眺められました。斑鳩の里にいつの頃から自生したものでしょうか。
 「いにしえの人々も、アザミを眺めていたのだろうか?」と考えながら、Sさんとの懐かしいエピソードを思い起こしていました。           合 掌

                                観智院  土 屋 正 道

 


 家庭菜園をはじめた。まだリタイアしていないが、中年になると興味を持つらしい。茄子や大根はうまくできるが、トマトやレタスはほとんどできない。家庭菜園はみな同じようである。

 隣の畑が気になるのは家庭菜園の宿命という。里芋だけはみんなに負けない自信がある。応援してくれる友がいるからである。
 特に今年の里芋は、乾燥した天候にも負けずよい芋ができた。里芋は土寄せと乾燥防止のマルチングが重要だという。土寄せは手仕事なのでなかなか大変であり、乾燥防止には草をたくさん敷かなければならない。昔は農家から藁束をいただけばよいのであるが、今は農家に藁束がない。稲の収穫はコンバインによるので、稲藁は細かく刻まれてしまうのである。まず草刈りをしてそれを敷く作業となり、なかなか大変なのである。でもよくできたときの喜びはひとしおである。
 
 そっと自分で料理をしてみることにした。お檀家さんで小料理家「田
なか」のご主人に教わった。すこし厚めに皮をむき、下茹でをしてヌメリを取り、それからゆっくりとふくめ煮して出汁を吸わせるそうである。「うまい!」自画自賛である。

 旨いのに理由がある。埼玉の所沢で里芋を作る専業農家の中村晴一さんから、よい種芋が毎年贈られてくるからである。しかし、中村さんは私の知り合いではなく、私の友人のまた友人である。したがってまだお目に掛かったことがない。私の友人が私の家庭菜園のことを中村さんに話したことがきっかけで種芋をいただくようになった次第である。

 電話でお礼をいたし、奥さまには調理法を教えていただいたり、旧知の友のように思われてならない。互いに相手を想像して居るであろう。いつか会うことを楽しみにしている。

 これも仏さまが導いてくれたと思っている。お芋のことを考えて手を合わせると、いつもより仏さまがありがたく見えてしまうのである。

                          天主君山現受院願成寺住職                                  魚 尾  孝 久

 

収穫した里芋 

里芋のでんがく 

「田なか」ご主人、田中直樹さん 


   

 

   

(前話は、願成寺ホームページ「メルマガお申し込み」のバックナンバーにあります。)

 桐壺更衣は、里に帰ると間もなく亡くなられ、送葬の儀がおこなわれた。

 宮中より勅使がきて、「三位(みつ)の位(くらい)」を贈る宣命が読みあげられると、また悲しみが一層ますことであった。桐壺更衣が生きているうちに、女御と呼ばせなかったことを心残りに思われての追贈であった。
 後宮では更衣という低い身分であったがためにつらい思いをさせていたので、第二皇子(光源氏)を産んだことによって女御への昇進を考えていたのであるが、機会を得ぬままになってしまったのである。いまとなって帝にできることは、ひときざみの昇進だけしかなかったのである。
 それにつけても他の女御や更衣たちが憎むことであった。

 帝は三位の追贈よりも、更衣の里へ飛んでいって最期の別れをしたいのであろうが、帝という地位はそれを許さない。帝が目下の者の葬送に参加することを認めないからである。

 まわりの者たちはどうであったろうか。ものの道理をよくわきまえている者たちは、更衣の顔立ちの美しかったこと、気だてが穏やかで憎めない人であったとお思いになっている。「あるときは ありのすさびに 憎かりき なくてぞ人は 恋しかりける(生きているときにはなおざりにして憎く思ったが、亡くなってしまうと恋しく思われる。)」という歌は、このようなときのことを詠んだのであろうか。

 はかない日が過ぎて七七日の法要(49日の法要)にも、弔問の使いをだして丁重に弔せるのである。日にちが経つほどにどうしようもなく悲しさがつのり、ほかの女御や更衣たちを近づかせることもなく、ただただ涙にくれる毎日であったので、帝を拝する者も涙がちの秋であった。
 
 東宮の母親である弘徽殿女御だけは、なお「亡くなった後まで、気をもませる帝のご寵愛であるなあ」と、遠慮なくおっしゃるのであった。
 帝は東宮をご覧になるにつけても、里に帰ってしまった若宮(光源氏)が恋しく思われ、親しい女房や乳母を里に遣わし若宮のご様子をお尋ねになられた。
 やはり、帝が若宮に会いにいくことは許されないことはいうまでもない。  (つづく)

【追贈】 死後に官位・勲章などを贈ること。

                             天主君山現受院願成寺住職           魚 尾  孝 久


 ラジオが唯一の情報源であった時代から、新聞やテレビが加わり、小学生までがパソコンや携帯電話を利用している時代となった。ひと昔前の学生の楽しみというと麻雀とお酒が定番であったが、町から雀荘が消え泥酔した学生の姿は少なくなった。これも学生たちの娯楽に選択肢が増えたからであろう。世の中はあらゆる選択肢が増え、情報のアイテムが氾濫し、多様性の時代といえよう。

 教化活動の基本としては、葬儀や年忌法要を始め、修正会、彼岸法要、施餓鬼会、十夜法要と、あらゆる法要での説法であろう。印刷技術の発達によって掲示板伝道、文書伝道ハガキ伝道がおこなわれるようになった。拙寺でも「ハガキ伝道」や「テレホン説法」の経験があり、教化活動も多様化してきたなかで、時代のニーズにあった教化活動の一つとして、「 願成寺メールマガジン 」と名付けてメールマガジンを発行することにした。

 寺院という特質から、教化の対象となるのはお年寄りという現実は否定できない。また檀信徒全体からすれば、どれほどの人が、インターネットを利用しているかと考えるとその効用ははなはだ微少と思われるが、新しい形での教化活動として実験的に発信することにした。

 インターネットによるメールマガジンの配信は、お寺に足を運ぶことの少ないあらゆる世代の皆さまに語りかけることができるであろう。また拙寺のお檀家さま以外の皆さまとも、お寺とのつながりを持たせていただく方法としては最良と考えております。

 毎月一回とは申せ、浅才なわたくしにとってはかなりの重圧となっていくであろうことは想像にかたくない。三回で中止するわけにもいかず、発信を決意するのに一年もかかった始末である。

 諸大徳の応援をお願いいたしながら、皆さまとの交流の場としていきたいと存じます。よろしくお願い申しあげます。


                          天主君山現受院願成寺住職                                魚 尾  孝 久

 

  

 

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▼ 文学講座のお誘い
 願成寺公開文学講座といたしまして、『源氏物語』を読んでおります。写本(青表紙本、新典社刊)と活字本とを対校しての講読ですが、参加者全員で声を出しての読みますので初心者の方でもご自由に参加いただけます。
 現在、「須磨」の巻に入ったところで、朧月夜との事件から都に居られなくなった光源氏が、須磨へと旅立つところです。
 ご一緒に、光源氏とともに須磨への旅を始めましょう。

開催日
 毎月 第1,3土曜日(変更あり)
開催時間
 10時〜11時30分
場所
 願成寺庫裡
費用
 無料(教科書はお求めいただきます。 1000円〜2000円)
申し込み
 電話、FAX、E-mail

※ご参加をご希望の方は、檀家、非檀家を問わず、どなたでもご参加いただけます。


暮れの墓地大掃除のお知らせ

 毎年12月の第2日曜日は、暮れの墓地および境内地の大掃除となっております。お忙しい折とは存じますが、ご家族でご参加下をお願いいたします。当日は「温かい豚汁」を用意いたしておりますので、お掃除終了後お召し上がり下さい。

日   時
12月12日(日)9時より (小雨決行)
お 願 い
できますならばお掃除の道具をご持参下さい。
駐車場が少ないのでご注意下さい。

修正会(新年会)のお知らせ

 恒例の新年の初参り、護持会総会、新年会を開催いたします。ご申込は、暮れのお参りの折、またお電話にて前日までにお願いいたします。

日   時
1月4日(火)11時より
内   容
初参り、護持会総会、福引き、会食
会   費
2,000円
申 込 み
暮れのお参りの折、電話、E-mail(前日までに)

 


お 願 い

 今まで、お塔婆や香花等は、寺にて焼却しておりましたが、法改定により、平成14年12月1日から「野焼き」や「簡易焼却炉」によります、すべてのごみ等の焼却ができなくなりました。現在、願成寺にあります3基の焼却炉もすべて使用禁止となり、撤去いたしました。
  したがいまして、今後、墓参の折いらなくなりましたお花などのゴミにつきましては、下記のごとく、ご処理をいたしたく存じますので、ご理解とご協力をお願い申し上げます。


ゴミの分別

 ゴミは、次の4種類に分別してお出し下さい。

「燃えないゴミ(ビン・カン)」
市のゴミに出します
「土に返すゴミ(花・香花)」
寺にてチップにして土に返します
「土に返すゴミ(草・落ち葉)」
寺にて土に返します
「燃えるゴミ(紙・ビニール)」
市のゴミに出します

いらなくなりましたお塔婆は、寺にてチップにして土い返しますので、ゴミ箱の脇にお置き下さい。
ゴミ箱は水屋(水道)の近くに用意いたします。
飲物や食べ物は、動物が散らかしますので、お参りの後はお持ち帰り下さい。
お手数をおかけいたすことばかりでございますが、ダイオキシンをなくし、きれいな地球環境のため、切にご理解とご協力をお願い申し上げます。