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次回配信日は、5月1日です。



基礎鉄筋工事


基礎工事(地中梁)

─―─ 怒鳴る! ─―─

 何年前のことであろうか。鳶の親方が現場で若い者を怒鳴っている。少し気になったので、機会のあったときに尋ねた。「なぜそんなに大きな声を出すんですか。普通にいえば解るでしょうに。」というと、「いや、工事現場は常に危険と隣り合わせ、危ないときは怒鳴って注意をしなくては」という。確かにそうである、「あ!そこ危ないから気をつけてね」などいっているうちに事故が起きてしまうかもしれない。得心をした。それから工事や建設現場で怒鳴っている声を聞くと、現場の緊張感が伝わってきた。
 しかし、何から何まで怒鳴ればよいというわけではなかろう、ひと昔前の職人の世界はそうであったろうが。怒鳴る声に緊急性があるのか、いや普通に説明をすればよいのかを見るようになった。また現場を見る楽しみが増えた。

 そういえばお寺の世界も同じようなことがある。若い僧が与えられた仕事をしていると、A先輩が声をかけていく。「こうしておけ」というので一生懸命していると、B先輩が通りかり、「それではだめだ、こうしておけ」いう。すぐさま仕方を変えると、間の悪いことにA先輩がもどって来る。もうその時には「さっきいったばかりだろう、言われたようにちゃんとやれ!」と怒鳴られる。若い者はふてくされるしかないが、そのたびごとに「はい、すみません」というしかない。
 どうも、どの世界でも緊急かつ危険性がなくても怒鳴られることが多いように思われてならないのである。なぜだろう。

 わたしなりの結論が出るまでにはだいぶ時間を要した。そうだ仕事というのはひとりですることよりも、大勢の人たちですることが多い。そんななかで、ひとり足を引っぱってしまうと、いわゆるチーム全体のリズムが崩れてしまうことになる。リズムを壊すことも怒鳴られる結果となるだろうことを知った。
 つぎには、だれが怒鳴っているかに興味が移った。どの世界でも30代後半から40代前半が多いようで、どうも50代半ばを過ぎると急に怒鳴らなくなるようだ。やはりどの世界も怒鳴られながら成長していくようである。どうにか仕事もおぼえ一人前になると、その頃には何人かの部下もできてくる。かつて自分が怒鳴られたように、危ないときは怒鳴り、リズムを壊すようなときも声が大きくなるのである。
 ところが歳を取ると、危ないときは別としてリズム程度では許容する気持が生まれてくるようである。
 「怒鳴る」にもいろいろあることに気がつくようになったのは、やはりわたしもそれなりの歳になったからであろうか。
 きっと家族は昔と変わらないというであろうが。

 天主君山現受院願成寺住職
 魚 尾 孝 久


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第4巻「夕顔」その5(下の品の女に興味をいだく光源氏)

 さて、あの空蝉の意外なほどまでにつれないことを世間の女とは違っているとお思いになるに、素直であるならば心苦しい過ちとしてやめてしまうのであるが、たいそう悔しく負けたまま終わってしまうことが気になってならない。
 このような普通の女までお思いになることがなかったが、あの雨夜の品定めの後は、気がかりにお思いになる。中の品や下の品まで隈なくお心がとまるようであった。
 信じて待っておられるもう一方の人(軒端荻)のことを可哀想とお思いにならないわけではないが、あのつれない人が聞いていたであろうことが恥ずかしいので、まずはこのつれない人の心を見定めてとお思いになるほどに、夫である伊予介が帰京した。

 まずは光源氏のもとに急ぎ参上した。船路のためすこし日焼けしてやつれた旅姿は、たいそういただけない。しかし、本来それなりの身分であるので、容貌などは歳をとっているが清らかで、普通とは違って品格があるようである。伊予の国の話などを申しあげるので、「伊予の湯桁はいくつ」と尋ねたく思ったが、空蝉のことが気まずく、お心にさまざま思いになるのであった。
 まじめな大人をこのように思うのも、まことに失礼であるな。ほんとうにこれこそ後ろめたいことであると、左馬頭の戒めをお思い出しになって、伊予介を気の毒に思うにつけ、空蝉の心は憎らしいが、このことは夫である伊予介にとってはよいことであるとお思いになられる。

 娘(軒端荻)はしかるべき人に預けて、北の方は連れて国に帰るとお聞きになるに、たいそう心あわただしくて、いま一度逢うことができないかと、小君にお話になられたが、示し合わせたとしても、簡単に人目につかないようにするのは難しいのを。まして女は似つかわしくないことと思って、いまさら逢うなどは見苦しいこととあきらめている。だが女は絶えて忘れられてしまうことも寂しいことであると思って、さるべき折のご返事などは親しく申しあげ、無造作な筆使いにつけた言葉は、不思議にかわいく目がとまるようにしてあり、愛おしく思う人の気配であるので、源氏の君も連れなく憎いことと忘れがたくお思いになる。
 もうひとりの方は、夫ができても変わらずにうちとけるであろう様子を頼みにて、とかく噂を聞くが、お心も動かないのであった。

*平安朝の貴族にとっては、日焼けした姿は好まれなかった。
いよ‐の‐ゆげた【伊予の湯桁】
(伊予の道後温泉の湯桁は数が多いので) 物の数の多いたとえ。源氏物語空蝉「…など数ふるさま、―も、たどたどしかるまじう見ゆ」(広辞苑)

 天主君山現受院願成寺住職
 魚 尾 孝 久


青表紙本源氏物語「夕顔」(新典社刊)


「夕顔」本文


 

第275回 辻説法の会

 お茶を飲みながら、法話をお聴きになりませんか!

日   時
4月17日(金) PM7:00〜8:30
会   場
茶房「 欅(けやき) 」 2F TEL:055-971-5591
講   師
如来寺副住職 荻田 宣史 師
参 加 費
無料 (飲み物は各自でお支払いください)
主   催
県東部青少年教化協議会(この会は、特定の宗派にこだわらず、
ひとりでも多くの方々に仏教を伝えることを目的に活動する団体です。)
次   回
5月15日(金) 同時刻  慶昌院住職 磯田 浩一 師

 

大施餓鬼会のお知らせ

 本年もお施餓鬼会法要を、下記のごとく厳修いたしたくご案内申しあげます。ご先祖の供養とともに、一日ではありますが、みほとけの教えにふれます良い機会ともいたしたく存じますので、お誘いのうえお申し込み下さい(当日ご参加できません方には、当寺にてお塔婆をお墓に立てさせていただきます)。

日   時
5月15日(金)  【13時】法要
法   話
未定
未定
供 養 料
3,000円
申 込 み
お参りの折、電話、FAX、E-mail(前日までに)

 

 


お 願 い

 今まで、お塔婆や香花等は、寺にて焼却しておりましたが、法改定により、平成14年12月1日から「野焼き」や「簡易焼却炉」によります、すべてのごみ等の焼却ができなくなりました。現在、願成寺にあります3基の焼却炉もすべて使用禁止となり、撤去いたしました。
  したがいまして、今後、墓参の折いらなくなりましたお花などのゴミにつきましては、下記のごとく、ご処理をいたしたく存じますので、ご理解とご協力をお願い申し上げます。


ゴミの分別

 ゴミは、次の4種類に分別してお出し下さい。

「燃えないゴミ(ビン・カン)」
市のゴミに出します
「土に返すゴミ(花・香花)」
寺にてチップにして土に返します
「土に返すゴミ(草・落ち葉)」
寺にて土に返します
「燃えるゴミ(紙・ビニール)」
市のゴミに出します

いらなくなりましたお塔婆は、寺にてチップにして土に返しますので、ゴミ箱の脇にお置き下さい。
ゴミ箱は水屋(水道)の近くに用意いたします。
飲物や食べ物は、動物が散らかしますので、お参りの後はお持ち帰り下さい。
お手数をおかけいたすことばかりでございますが、ダイオキシンをなくし、きれいな地球環境のため、切にご理解とご協力をお願い申し上げます。


 

▼ 文学講座のお誘い
 願成寺公開文学講座といたしまして、『源氏物語』を読んでおります。写本(青表紙本、新典社刊)と活字本とを対校しての講読ですが、参加者全員で声を出しての読みますので初心者の方でもご自由に参加いただけます。
 現在、「須磨」の巻に入ったところで、朧月夜との事件から都に居られなくなった光源氏が、須磨へと旅立つところです。
 ご一緒に、光源氏とともに須磨への旅を始めましょう。

開催日
 毎月 第1,3土曜日(変更あり)
開催時間
 10時〜11時30分
場所
 願成寺庫裡
費用
 無料(教科書はお求めいただきます。 1000円〜2000円)
申し込み
 電話、FAX、E-mail

※ご参加をご希望の方は、檀家、非檀家を問わず、どなたでもご参加いただけます。

 ラジオが唯一の情報源であった時代から、新聞やテレビが加わり、小学生までがパソコンや携帯電話を利用している時代となった。ひと昔前の学生の楽しみというと麻雀とお酒が定番であったが、町から雀荘が消え泥酔した学生の姿は少なくなった。これも学生たちの娯楽に選択肢が増えたからであろう。世の中はあらゆる選択肢が増え、情報のアイテムが氾濫し、多様性の時代といえよう。

 教化活動の基本としては、葬儀や年忌法要を始め、修正会、彼岸法要、施餓鬼会、十夜法要と、あらゆる法要での説法であろう。印刷技術の発達によって掲示板伝道、文書伝道ハガキ伝道がおこなわれるようになった。拙寺でも「ハガキ伝道」や「テレホン説法」の経験があり、教化活動も多様化してきたなかで、時代のニーズにあった教化活動の一つとして、「 願成寺メールマガジン 」と名付けてメールマガジンを発行することにした。

 寺院という特質から、教化の対象となるのはお年寄りという現実は否定できない。また檀信徒全体からすれば、どれほどの人が、インターネットを利用しているかと考えるとその効用ははなはだ微少と思われるが、新しい形での教化活動として実験的に発信することにした。

 インターネットによるメールマガジンの配信は、お寺に足を運ぶことの少ないあらゆる世代の皆さまに語りかけることができるであろう。また拙寺のお檀家さま以外の皆さまとも、お寺とのつながりを持たせていただく方法としては最良と考えております。

 毎月二回とは申せ、浅才なわたくしにとってはかなりの重圧となっていくであろうことは想像にかたくない。三回で中止するわけにもいかず、発信を決意するのに一年もかかった始末である。

 諸大徳の応援をお願いいたしながら、皆さまとの交流の場としていきたいと存じます。よろしくお願い申しあげます。

 天主君山現受院願成寺住職
 魚 尾 孝 久


 

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