願成寺ホームページは、 こちら(http://ganjoji.com/)です。

次回配信日は、9月15日です。



エドワルドの妹まさえさんの博士号完了パーティにて、
エドワルド(黒いスーツ)と友達たち。


クリチバ日伯寺でのパーティ。
とても楽しかったです。

 今回のブラジル・ダイアリーは、「人」というテーマでお話したいと思います。じつは、アメリカとブラジルの旅で不思議なことが起こりました。個人的な話になって申し訳ありませんが、私に素敵な出会いがありました。その出会いは、ブラジルに出る直前、サンフランシスコで友達の誕生日会でした。14年間住んでいた京都を引き上げ、北カリフォルニアのマウンテン・ビューという町に引っ越し一緒に住むこととなる、彼との出会いでした。本当に、いつ、どこで運命的な出会いが起こるか分かりませんね。今でも、不思議に感じます。

 マウンテン・ビューは、サンフランシスコからおよそ一時間ほどのところで、IT関係の中心であるシリコン・バレーにあります。カリフォルニアの話が、なぜブラジルの話と繋がるかと聞かれれば、それはブラジルに行ったからこそ、そしてブラジルで多くの人に会ったからこそ、現在、私はマウンテン・ビューに彼と住んでいるのです。ブラジルという国、そしてブラジルの人々からいろいろと人生のことを教えていただきました。行かなければ、多分そのまま、旅後には京都に戻り、今までと同じ暮らしをしていたと思います。

 ブラジルは、「アモーレ(愛)」の国といっても良いのかも知れません。人の笑顔がとても素敵だと印象に残っています。ブラジルで、一番お世話になったのは、エドワルド・良法・佐々木さんでした。エドワルドは、佐々木総監の息子さんで、私のように親は日本人で、本人は地元生まれで、地元育ちです。私の場合はアメリカですが、日本人の顔をしていながら、日本から離れた国に生まれ、育てられているという共通点を持っています。そのためか、とにかく話やヒューマが合いました。佐々木総監も私の父も歳も近く、だいたい同じ頃に海外に渡り、開教師の大変な生活はお互いによく知っています。開教師の子供として、似たようなことで悩み、また似たような楽しみを分かち合うことができました。
 このエドワルドが、現在、私が彼氏とカリフォルニアで暮らしていることに大きく影響しました。エドワルドは、いろんなブラジルの社会問題を考えながら、人生をプラス思考で見ている人です。
 私は、恋愛が下手です。苦手までではないのですが、独りでも良いと思っていました。ですが、エドワルドは、恋愛とは面と向かい恐れてはならないと教えてくれました。他のブラジル人も、同じようなことを言ってくれました。日本では、恋愛話はあまりオープンではありませんが、ブラジルでは違ったのです。
 
 苦しいことも、楽しいことも、全て面と向かう。簡単そうで、なかなかできません。でも、これが本当の生き方かも知れないと感じました。
 お念仏のなかでも、阿弥陀様に向かいます、そして自分自身を深く見つめます。手を合わせて、お念仏をすることが、自分自身と面と向かう機会になります。その中で、本当の幸せを見つけることができるのではないでしょうか。

 原 真 理


 宗教とは何であろう。学術的に定義するつもりはない。
 アメリカでは大統領は宣誓するときには、聖書に手をおいておこなう。インドのヒンズー教徒は牛を神聖なる動物と崇め、時として街を闊歩する牛によって渋滞が起きる。イスラム圏ではジハードと称して自爆テロが起きているが、これとて政治ばかりではなく宗教が大きく関わっている。
 我が国においても、無神論者と称して葬儀はおこなわないというが、結婚式は神式で挙げ、孫の七五三では神社に詣でて無事な成長を祈る。

 ところで、我が家の家庭菜園で評判のよい「とうもろこし」を、今年は少しでも早く作ろうと早め目にトレーに種を播き、怠りなく準備を進めてきた。ところが仕事に追われ、畑に植えかえる時季を逸してしまった。小さなトレーのなかにいるトウモロコシ達は、ひろい畑に植えかえられてすくすくと体を大きくして、それから穂を出して立派な実をつける予定であったろう。しかし、このままではトレーで一生を終えるかも知れないと考えたトウモロコシ達は、たくさんの実、すなわち種を作ることをあきらめ、ほんの数粒でも種を残し子孫を受け繋いでいこうと考えたのであろう。
 遅れて畑に植えられたトウモロコシは、成長活動をあきらめ、生殖活動にはいった。その丈は本来2m近くなるのであるが50pほどで実をつけ始め、ほんの数粒しか入っていない穂をつけたのである。近所の人は「住職さんのトウモロコシは、どうしたんでしょう」という。原因は私にある。
 人間を除いて、生き物は正直である。トウモロコシは次の世代に命を繋げることだけを考えて一生を終える。ライオンとて同じであり、自らの命を繋ぐためだけに狩りをするのであり、スポーツとしてのハンティングはおこなうことはない。
 そう考えると、人間だけが本来生きることと直接関係のない行動を取るようである。高等動物であるといってしまえばそれまでであろうが。植物は無論であるが、動物とて嘘をつくことはない。人間だけが、高等動物である?が故に嘘をつくように思う。

 犬は嫌な奴に会ったり危険を感ずれば「ウー」と唸り「ワンワン」と吠える。ところが人間は嫌な人や会いたくない人に会っても「いや、お久しぶりです」「お元気ですか」という。本心は「会いたくなかった」「あんな奴と会って今日は運が悪い」と思っているのであるが、口から出る言葉はまったく違うのである。

 どうもこのあたりに宗教が存在する理由があるのかも知れない。私ども人間は毎日「嘘」をつきながら生活をしているわけではないが、時として自分に都合のよい発言をするし、仕事のうえなどでは「嘘」とはいわないまでも意に反することをいう。自分は守らなかったが、子供には正論をぶつ。やはり自分の心と行動が必ずしも一致しない。

 どうもその矛盾を埋めてくれるのが宗教のように思うが、どうであろうか。そして命が有限であるが故に、その矛盾を今考えなくてはならないのであろう。

 天主君山現受院願成寺住職
 魚 尾 孝 久


わたしは嘘をつきません


 

第280回 辻説法の会

 お茶を飲みながら、法話をお聴きになりませんか!

日   時
9月18日(金) PM7:00〜8:30
会   場
茶房「 欅(けやき) 」 2F TEL:055-971-5591
講   師
本法寺住職 清水 俊匡 師
参 加 費
無料 (飲み物は各自でお支払いください)
主   催
県東部青少年教化協議会(この会は、特定の宗派にこだわらず、
ひとりでも多くの方々に仏教を伝えることを目的に活動する団体です。)
次   回
10月16日(金) 同時刻  長源寺住職 高木 泰孝 師

 

 


お 願 い

 今まで、お塔婆や香花等は、寺にて焼却しておりましたが、法改定により、平成14年12月1日から「野焼き」や「簡易焼却炉」によります、すべてのごみ等の焼却ができなくなりました。現在、願成寺にあります3基の焼却炉もすべて使用禁止となり、撤去いたしました。
  したがいまして、今後、墓参の折いらなくなりましたお花などのゴミにつきましては、下記のごとく、ご処理をいたしたく存じますので、ご理解とご協力をお願い申し上げます。


ゴミの分別

 ゴミは、次の4種類に分別してお出し下さい。

「燃えないゴミ(ビン・カン)」
市のゴミに出します
「土に返すゴミ(花・香花)」
寺にてチップにして土に返します
「土に返すゴミ(草・落ち葉)」
寺にて土に返します
「燃えるゴミ(紙・ビニール)」
市のゴミに出します

いらなくなりましたお塔婆は、寺にてチップにして土に返しますので、ゴミ箱の脇にお置き下さい。
ゴミ箱は水屋(水道)の近くに用意いたします。
飲物や食べ物は、動物が散らかしますので、お参りの後はお持ち帰り下さい。
お手数をおかけいたすことばかりでございますが、ダイオキシンをなくし、きれいな地球環境のため、切にご理解とご協力をお願い申し上げます。


 

▼ 文学講座のお誘い
 願成寺公開文学講座といたしまして、『源氏物語』を読んでおります。写本(青表紙本、新典社刊)と活字本とを対校しての講読ですが、参加者全員で声を出しての読みますので初心者の方でもご自由に参加いただけます。
 現在、「須磨」の巻に入ったところで、朧月夜との事件から都に居られなくなった光源氏が、須磨へと旅立つところです。
 ご一緒に、光源氏とともに須磨への旅を始めましょう。

開催日
 毎月 第1,3土曜日(変更あり)
開催時間
 10時〜11時30分
場所
 願成寺庫裡
費用
 無料(教科書はお求めいただきます。 1000円〜2000円)
申し込み
 電話、FAX、E-mail

※ご参加をご希望の方は、檀家、非檀家を問わず、どなたでもご参加いただけます。

 ラジオが唯一の情報源であった時代から、新聞やテレビが加わり、小学生までがパソコンや携帯電話を利用している時代となった。ひと昔前の学生の楽しみというと麻雀とお酒が定番であったが、町から雀荘が消え泥酔した学生の姿は少なくなった。これも学生たちの娯楽に選択肢が増えたからであろう。世の中はあらゆる選択肢が増え、情報のアイテムが氾濫し、多様性の時代といえよう。

 教化活動の基本としては、葬儀や年忌法要を始め、修正会、彼岸法要、施餓鬼会、十夜法要と、あらゆる法要での説法であろう。印刷技術の発達によって掲示板伝道、文書伝道ハガキ伝道がおこなわれるようになった。拙寺でも「ハガキ伝道」や「テレホン説法」の経験があり、教化活動も多様化してきたなかで、時代のニーズにあった教化活動の一つとして、「 願成寺メールマガジン 」と名付けてメールマガジンを発行することにした。

 寺院という特質から、教化の対象となるのはお年寄りという現実は否定できない。また檀信徒全体からすれば、どれほどの人が、インターネットを利用しているかと考えるとその効用ははなはだ微少と思われるが、新しい形での教化活動として実験的に発信することにした。

 インターネットによるメールマガジンの配信は、お寺に足を運ぶことの少ないあらゆる世代の皆さまに語りかけることができるであろう。また拙寺のお檀家さま以外の皆さまとも、お寺とのつながりを持たせていただく方法としては最良と考えております。

 毎月二回とは申せ、浅才なわたくしにとってはかなりの重圧となっていくであろうことは想像にかたくない。三回で中止するわけにもいかず、発信を決意するのに一年もかかった始末である。

 諸大徳の応援をお願いいたしながら、皆さまとの交流の場としていきたいと存じます。よろしくお願い申しあげます。

 天主君山現受院願成寺住職
 魚 尾 孝 久


 

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