光源氏は、須磨明石の流浪生活から帰京し政権復帰を果たすと、都の郊外にあたる桂院の近くの地に、御堂を建立している。栄華の頂点にたった光源氏は、現世でのもう少しの寿命、そして後世を願っての建立であった。
拙寺でも、平成2年に山本松江さまの篤志をいただき、観音堂を建立いたしました。地下に納骨堂を設け、多くの人たちの利用をいただいています。子供さんのいらっしゃらない方、ひとり娘を嫁がせてしまわれた方、独身の方など、墓所を設けても直接の後継者のいない方の利用が多いようです。
そのお堂の上棟式のことです。棟札には一般的には建築者として棟梁の名を書きますが、拙寺では職人すべての名を書かせていただきました。職方一人ひとりの結集であればこそ、全員の名が必要なのです。私の提案に棟梁も快く賛同してくださいました。
上棟式の準備を進めていくと、大問題が生じました。式の最後の餅撒きです。棟梁、住職、総代と7人が決まったのですが、施主の山本さんと息子(小さいので母親同伴)も屋根に上がりたいと言いだしたのです。ところが、職方から女性は屋根に上がれないというのです。「家の神様は女だから女性が上ると嫉妬する」という昔からの縁起よるものです。女性が上がると、事故が起きたり火事になると言うのです。
平成17年6月7日の新聞(朝日新聞朝刊)に「女性保護の就業制限これで全廃−坑内労働を解禁へ−」の記事が目にはいりました。「女性が坑内にはいると山の神が怒り出す」という迷信、戦後間もない47年施行の労働基準法の「満18歳以上の女性を坑内で労働させてはならない」との規定によるもので、炭鉱などの劣悪な労働環境から女性を保護するとの理由です。その後86年の男女雇用機会均等法施行から、メディアの取材、坑内事故での医師や看護師、鉱物資源の研究など、臨時の業務が例外規定となったという。いま厚生労働省の専門家会合で解禁を提言する報告書がまとめられるというのです。
棟梁と話し合いになりました。迷信であることは間違いことですが、職方の気持ちも尊重しなければなりません。河川の改修や道路工事の折、現場に塚や供養塔がありますと、私もよく読経を頼まれることがあります。工事関係者とお参りをして、工事の安全を誓うのです。工事は危険と隣り合わせですので、こうした迷信も簡単に無視してしまうことができないのです。
棟梁の配慮により、施主の山本さまも息子についた女房も屋根に上がりました。急きょ女性のためのステップが設けられました。屋根の上には男だけで奇数人数が上がったとして、女性は人数に数えませんでした。男女平等の精神から考えますと女性差別と言われても仕方のないことですが、危険を伴う人の心もまた無視はできないのです。
ときどき「仏さまは、男ですが女ですか」と聞かれることがあります。性を超えた世界が悟りの世界ですから、「仏さまは、どちらでもありませんよ」とお答えいたしております。
【棟札】むなふだ
棟上げや再建・修理の時、工事の由緒、建築の年月、建築者または工匠の名などを記して棟木に打ち付ける札。頭部は多く山形をなす。また、直接棟木に書いたものを棟木銘という。むねふだ。とうさつ。「広辞苑」
天主君山現受院願成寺住職 魚 尾 孝 久
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