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第2巻「帚木」その3
つれづれとしめやかな宵の雨の折、殿上にも人少なである。光源氏の宿直所で、光源氏と頭中将に、左馬頭と藤式部丞が物忌みとて加わって、三階級の女について話を始める。
左馬頭が口火を切る。
「成り上がっても、もとからの家柄がその筋ではない人は、世間の人
は上流の人とはいわないでしょう。また、もとは尊い家柄であっても、
世渡りの術(すべ)も少なく時世に流されて名声も衰えてしまったもの
は、不都合なことも出てくるのでいろいろと判断いたしますと、中の品
(中流階級)とすべきでしょう。
受領といって地方にかかわって身分の決まってしまっているなかに
も、また階級があって、中の品のなかにも悪くはない者を選ぶことが
できる時勢でもあります。中途半端な上達部よりも非参議で四位など
にも、世間の評判も悪くなく元の素性も卑しくなくゆったりとした生活を
しているのは、とても爽やかですね。家の中に不足などがなく、手を抜
くことなく育てられた娘などに、貶むことのなく成長されることもありま
しょう。そうした娘が宮仕えに出て、思いがけぬ幸運を得ることも多い
ようです。」
光源氏が、「それでは、女は豊かな家の娘によるべきなのですね」とお笑いになると、頭中将が「ほかの人のことのようにおしゃられる」という。
また、左馬頭の中流階級の女の評価が続く。
「本来の家柄と時世の評判とが一致して高貴な家柄の女が、家庭で
の振る舞いやその様子が劣っているのはいうまでもない、どうしてこ
んな風に育ってしまったのだろうと、言う甲斐もないことです。
家柄と時世の評判とが一致していることは道理です、これは当然の
こと思って「珍しいこと」と驚くこともありません。私などが及ぶことで
はありませんので、上の品のなかでも上の人々は差し控えます。
さて、そこに生活しているとも知られず、淋しく葎(むぐら)の茂れる荒
れた貧しい家に、思いの外にいじらしい女が閉じられているのは、とて
も珍しく覚えるでしょう。どうしてこのようになったのであろうと、思いの
外なるところが不思議と心が引かれます。
父親が年老いて醜く太り、兄弟は憎げな顔をしていて、とてもきれい
な女がいるとは思われない女の部屋に、たいそう気位高くて自然と身
に付いた才能で、それがちょっとした才能であっても思いの外興味を
引かれます。優れていて欠点がない選びには及びませんが、これは
これとして棄てがたいもので。」
式部丞を見ると、「自分の妹たちの評判がよい」から左馬頭がこのような話をするのとでも思っているのであろうか、ものも言わない。
光源氏は「さあ、どうであろうか、上の品といっても難しい世であるから」とお思いになられる。白く柔らかいお召し物の上に直衣だけを羽織って紐も結ばずに、ものに寄りかかっているそのお姿はたいそうすばらしく、女として見申しあげたいくらいである。光源氏のためには、上の品のなかでも上の女を選んだとしても、なおもの足らなく御覧になられる。
【受領】ず‐りょう
(ジュリョウ・ズロウとも。前任者から事務の引継ぎを受ける意) 諸国の長官。任国に行って実地に政務をとる国司の最上席のもの。通例は守かみ、時には権守ごんのかみ・介すけなどの場合もある。遥授(ようじゆ)の国守と区別する称。源氏物語帚木「―といひて人の国のことにかかづらひいとなみて」(広辞苑)
【非参議】ひさんぎ
三位以上でまだ参議にならない者。四位で参議の資格のある者。(広辞苑)
【参議】さんぎ
(朝議に参与する意) (「三木」とも書く) 奈良時代に設けられた令外(りようげ)の官。太政官に置かれ、大中納言に次ぐ重職で、四位以上の者から任ぜられ、公卿の一員。八人が普通。おおいまつりごとびと。宰相。(広辞苑)
【葎】むぐら
八重葎(やえむぐら)など、荒れ地や野原に繁る雑草の総称。うぐら。もぐら。万葉集19「―はふ賤しき宿も」(広辞苑)
天主君山現受院願成寺住職 魚 尾 孝 久
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