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第2巻「帚木」その20
光源氏、退出して左大臣邸へ
かろうじて今日は天気もよくなった。こうして宮中に籠もっていらっしゃるのも、左大臣のお気持ちを思うとお気の毒なので、源氏の君は退出をなされた。
左大臣邸の大方の様子や姫君(葵の上)の様子も、はっきりと気品があり、乱れたところもなく、これこそ品定めの人々が捨てがたく選んだ人と頼りにすべきと思うものの、あまりに麗しい様子がうち解けがたく、源氏の君のほうが気恥ずかしくほど完璧であるので、落ち着かない。よって、中納言の君や中務などの並々でない若い女房どもと、戯れ言などをおっしゃって暑さにくつろいている様子を、女房たちはすばらしいとお思いである。
左大臣殿も源氏の君のところにおいでになって、源氏の君もくつろいておられるので、御几帳をおいてお座りになり、お話になる。
源氏の君は、「暑くてしようがない」と、左大臣の気使いを迷惑に思い苦い顔をするので、女房たちは笑っている。「静かに」と脇息に寄りかかる源氏の君であった。
たいそうゆったりとして気楽なさまであった。
暗くなると、人々が、
「今宵は、宮中からは中神が塞がっておりました。」と申しあげる。
「そうであった。いつも宮中からは忌む方角であったな。二条院も同じ方角であるので、どこに方違えをしようか、面倒であるな。」と、お休みになってしまわれた。
「とんでもないことでございます。」と人々が申しあげる。
「紀伊守で親しく仕えている人の中川にある家で、このごろ水を屋敷に引き入れて涼しくしているところがございます。」と申しあげる。
「たいそうよいことだ。気分もよくないので、車に牛をつけたまま入れる所がよいな。」とおっしゃる。
忍んでいく方違え所はたくさんあるが、久しぶりに左大臣邸を訪ねたのに、方塞がりだといって他の女の所に行くのでは、あまりにも左大臣に気の毒であるとお思いになるのであろう。
なかがみ【中神】陰陽道(おんようどう)で、八方を運行し、吉凶禍福をつかさどるとされる神。己酉(つちのととり)の日に天から下り、東・西など四方に5日ずつ、北東・南東など四隅には6日ずついて合計44日、癸巳(みずのとみ)の日に正北から天に上って16日間天上にいて己酉の日に再び下って前のように遊行する。この神の遊行の方角を塞(ふた)がりといい、その方角に向かう場合は、方違(かたたが)えをする。てんいちじん。(大辞泉)
かた‐たがえ【方違え】
陰陽道おんようどうの俗信の一。他出する時、天一神なかがみのいるという方角に当る場合はこれを避けて、前夜、吉方えほうの家に1泊して方角をかえて行くこと。(広辞苑)
天主君山現受院願成寺住職
魚 尾 孝 久
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