(「日本経済新聞」平成18年10月22日掲載)
慶應大学月が瀬リハビリテーションセンター所長
木 村 彰 男 先生
リハビリ科では患者さんの障害に対応するため、他科の医者より長く患者さんとお付き合いするケースが多いといえます。私が医師になりたてのころ担当した脊髄(せきずい)損傷で車いす生活となった患者さんが、今でも外来に来られます。同年代で、互いに年を取ったものだと苦笑いしています。もうかれこれ四半世紀にわたるお付き合いということです。
そのような患者さんとは気心が知れているので、外来で「先生、首が痛くて回りません」と訴えられると、「それは病院ではなくまず銀行に行くことですね」「もう行ってきましたけど治らないので来ました」などと軽口をたたき合ってから診察することもしばしばです。不遜(ふそん)に思われるかもしれませんが、互いの信頼関係があってこそ初めてよい医療が展開できるのではないでしょうか。
近ころ、患者様という呼び方が医療機関でしばしば使われます。病院の玄関で患者様をホテルのポーターのような職員が出迎える風景が報道されます。確かに従来「お医者様」という呼称があり、医療は医師主導で展開されてきました。
医療の現場でもサービスを提供するという認識を持つ必要があるということから、患者様という呼び方が始まったのでしょう。しかし、ホテルなどのサービス業と医療とはやはり根本的にその内容が違うと思います。医療の現場では、いかに良い医者・患者関係を築くかが重要で、これは表面的な呼び方で解決できる問題ではありません。
患者さんとの長年のお付き合いの中でリハビリ科の医者は、良い関係を患者さんと構築することが可能ですが、初診の患者さんや短い診療の間にお互いを理解することは実際には大変です。しかし所詮は人問関係です。お互いを尊重し、その場に応じた態度、言葉使いをすれば良い関係が作れるのではないでしょうか。病気を治すという共通の目標に向かって良い信頼関係を作り、それぞれの役割を果たすことが一番大切なことだと思います。
何となく患者さんの権利が強く主張される時代となっていますが、お互いに果たすべき義務があることが軽視されている感じがしてなりません。
(次回は4月15日です)
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