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第2巻「帚木」その22
光源氏、伊予介の新しい妻のことを知る。
女たちの話に特別なこともなかったので、聞くのをやめた。式部卿宮の姫君に、朝顔をさしあげた歌などを少し間違って語っているのも聞こえる。くつろいた感じで、すぐに歌を口にするようであるな、逢ったならばがっかりするであろうとお思いになる。
(光源氏のところに)紀伊守が出てきて、灯籠の数をふやし、大殿油の灯を明るくしたりなどして、お菓子などが用意された。
(光源氏は)「女はどうかね。そちらの用意がなくては残念なもてなしというものだ。」
と戯れると、
「なにがよいか、よくわかりませんで」
と、かしこまって控えている。端の方の御座所に仮のようにして大殿籠りになると、供の者たちも寝静まった。
守の子がかわいらしげである。殿上でっもご覧になられた童もおり、伊予介の子もいる。たくさんいる中にたいそう様子が上品な12〜13歳ばかりなのもいる。
「どの子がだれの子か」
などおたずねになるのと、
「この子は、故衛門督の末の子で、たいそう可愛がっておりましたのを、幼いときに死に別れ、姉の縁でここにいるのでございます。才能もないわけでなく、殿上童など臨んでおりますが、思うように出仕することができませんで。」
と申す。
「あわれのことであるな。この子の姉君がおまえの後の親なのか」
「さようでございます」と申すと、
「似合わぬ親をもったもんだな。帝もお聞きになっていて『宮仕えに出させたいと申していたことがあったが、それはどのようになったのか』と仰せになっていた。世間はわからないものであるな。」
「急にこのようなわけになりまして。世の中は今も昔も不思議なものでございますな。とくに女の宿世は浮き草のごとくであわれでございます。」申しあげる。
「伊予介は大事にしているのか。君とあがめているであろうな。」
「もちろんでございます。好色めいたことと私を始め賛成いたしかねております。」と申しあげる。
「さりとて、おまえさんのように新しがっているものに、さげわたすものかね、かの伊予介は風流ぶって自信があるからね」などお話をなさって、
「その者はどこにおるのか」
「みな下屋におろしましたが、すべて下り切ったでしょうか」と申す。
お酒がすすんで、供はみな縁側に寝てしまった。
ござ‐しょ【御座所】
天皇または貴人の居室。おましどころ。(広辞苑)
おおとの‐ごも・る【大殿籠る】
貴人の寝ることを敬っていう語。おやすみになる。伊勢物語「みこ、―・らで明かし給うてけり」(広辞苑)
てん‐じょう【殿上】
@宮殿または殿堂の上。
A清涼殿の「殿上の間ま」の略。伊勢物語「―にさぶらひける在原」
B殿上の間に昇ること。昇殿。また、昇殿を許されること。源氏物語幻「大将殿のきんだち―し給ひ」
C殿上人てんじようびとの略。〓地下じげ。
D(殿上の事をつかさどるからいう) 蔵人所くろうどどころの異称 (広辞苑)
てんじょう‐わらわ【殿上童】
@(→)童殿上わらわてんじように同じ。
A蔵人所くろうどどころに属して殿上の雑事に使われた職。こどねり。
わらわ‐てんじょう【童殿上】
平安時代以降、宮中の作法を見習うため、名家の子供が殿上に仕えたこと。また、その子供。赤色の闕腋けつてきの袍ほうをつけるのを例とした。うえわらわ。てんじょうわらわ。源氏物語少女「せうとの―する」
天主君山現受院願成寺住職
魚 尾 孝 久
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