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第2巻「帚木」その25
空蝉との出会い
女は、まことに嘆かわしくて、源氏の君のお心をいいようもないことと思って泣くようすは、たいそう悲しい無体なことで心苦しくは思われたが、結ばれなくば口惜しであろうと思う。慰めようのないほどつらく思っているので、
「どうして私をこのように疎ましきものにお思いになるのでしょう。思いがけないことこそ、前世からの契りとお思いになって下さい。むげに恋を知らないようにお思いになられることが、たいそうつらく思われます。」
と、恨みなさると、
「このように受領階級の後添えという情けない身になるまえに、娘のままの身でありました時に、このようなお心をおかけ下さいますならば、かなわぬ私の望みと思いながらも、いつかはあると思われます逢瀬と思しまして慰めましょうが、こうした仮の逢瀬と思いますと、たいそう思案にくれます。今はお逢いいたしましたことは秘密にして下さい。」
と、思っている様子は無理もないことである。源氏の君は、心からお約束なさり慰めなさることが多いのである。
朝の鳥が鳴いた。人々が起きて出てきて、
「たいそう、すっかり休んでしまった夜であるな」「車の用意を」など、言っている。紀伊守も出てきて女たちが、
「御方違えは、こんな夜深いときから急いでお帰りになるのでしょうか。」
などいう。
源氏の君は、このようなついでの出会いということもまたあることでなく、改めて出かけてくることも難しく、手紙など通わすことも無理であると思うと胸が痛くなるのであった。
奥の中将も出てきてたいそう困惑しているので、女をお放しになるもののまた引き寄せになられて、
「どのようにしてお手紙を差し上げたらよいのでしょう。今までに経験したことのないあなたのお心のつれなさも、私の悲しさも、深い縁の思い出は珍しい例しですな。」
と、お泣きになるお姿は、たいそうしっとりと上品である。鳥もしきりに鳴くので心あわただしく、
つれなきを 恨みもはてぬ しののめに
とりあへぬまで おどろかすらむ
(あなたのつれなさを、いくら怨んでも果てぬことがないが、空が明るくなってあわただしく鳥が鳴くことでしょう。)
女は、自分の身のことを思うと、恥ずかしい気持ちがして、源氏の君の特別なお気持ちをお受けするゆとりもなく、いつもは愛想もなく気に入らぬとばかにしている夫伊予介のことが思われて、このことが夫の夢に見えてしまうのではないかと空恐ろしく気にかかっていた。
身のうさを 嘆くにあかで 明くる夜は
とりかさねてぞ ねもなかれける
(我が身のつたなさを嘆くに、明けてくる夜を嘆き、鳥と同じように泣きました。)
すっかり明るくなったので、障子口までお送りになる。内も外も人騒がしいので、襖を引き立ててお別れになるさまは心細く、「隔てる関」と思われた。御直衣などをお召しになって南の高欄にてしばらく眺められる。西の格子をわざと上げて人々ががのぞく。簀の子の中ほどに立ててある小障子の上からほのかに見えるご様子を、身にしみるほどの思いの女房がいるようだ。
天主君山現受院願成寺住職
魚 尾 孝 久
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