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第2巻「帚木」その28
空蝉との出会い
紀伊守は好色で、この継母の様子をもったいなく思って、心をよせる気持があったので、この子を大切に連れて歩いていた。
君は、小君をお召しになって、「昨日は待ちこがれていたのに。やはり私が思うほど、おまえは私のことを思っていてくれないのだな。」とお恨みになるので、小君は顔を赤らめている。「さあ、どうであったか」とおっしゃるに、しかじかと申しあげると、「頼みがいがないな、残念であるな」と、また御文を賜る。
「おまえは知らないであろうな。あの伊予介の爺さんより先に姉君と逢っているのだ。しかし私のことを頼りにならない、取るにたれない後見を設けて、私のことを侮っておられるようだ。だが、おまえは我が子であれよ。夫である伊予介は行く先短いのであろう。」とおしゃると、「そうかもしれない、それは大変なことであるかな」と思っているのが、おもしろくお思いになる。
君はいつもこの子を側にお置きになられて、内裏にも連れて参上などなさる。ご自身の御匣殿(みくしげどの)におっしゃって装束などを用意させ、ほんとうに親のようにて扱いなさる。
君からの御文は常にある。されど、この子もやはり幼いので、ほかに知られてしまったならば軽々しい浮き名まで追うてしまう身を、たいそう不相応と思われるのでめでたきことも我が身からと思って、うちとけた御答えもなさらない。わずかにみえた君のお姿やご様子はほんとうに並々ではなかったと思い出さないわけではなかったが、たとえお相手をする態度をお見せいたしたとしても、何になるであろうかなどと思い返すのであった。
君はかた時もお忘れになることはなく、あの出会いを心苦しくお思い出しになられる。お思い返しなられることの切なさも晴れる方法もなく、お思いつづけになる。軽々しくお立ち寄りになられるのも人目が多いところなので、都合の悪い振る舞いが漏れてしまうであろう、女のためにもかわいそうであると、お思い惑われる。
いつものように内裏にお越しになられるころ、しかるべき物忌みにあたる日をお待ちになってお出かけになられる。急に左大臣邸へ退出なさるまねをして、道の途中から紀伊守の屋敷へお出かけになられた。紀伊守は驚いて、遣り水のおかげであると恐縮して喜ぶ。
小君には「昼からこのように思っていたのだ」とおっしゃって約束していた。明けても暮れても小君をお側にお仕えなさっているので、今宵もまずお召しになった。
(そこで空蝉は?)
みくしげ‐どの【御匣殿・御櫛笥殿】
○内裏の貞観殿じようがんでんのうち、后町きさきまちの北にあって、内蔵寮くらりようで調進する以外の御服の裁縫をつかさどった所。
○御匣殿別当の略。御匣殿の長官である上臈女房。源氏物語薄雲「命婦は―のかはりたる所に移りて」(広辞苑)
天主君山現受院願成寺住職
魚 尾 孝 久
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