(前話は、願成寺ホームページ「メルマガお申し込み」のバックナンバーにあります。)
第2巻「帚木」その30
空蝉との出会い
源氏の君は、小君が(空蝉とのことを)どのようにはからうであろうかと、まだ幼いことを心配しながら横になっておられるところへ、思うようにならなかったことを知らされると、女の珍しいほど退ける心のほどを、「わが身もたいそう恥ずかしくなってしまうことであるな」と、たいそう残念なご様子である。しばらくは何もお話しにならず、たいそううめいて、つれないことであると思っておられる。
「帚木の 心をしらで その原の 道にあやなく まどひぬるかな
(あなたさまの心も知らないで、あなたをもとめる恋の道に、迷い 込んでしまったことであるな。)
申しあげる方もなくて。」
と、おしゃる。女もさすがにお休みになることができなかったので、
数ならぬ 伏屋に生ふる 名のうさに あるにもあらず 消ゆる帚木
(物の数にもはいらぬ卑しい家に生まれたことの辛さに、居ること もできない消える帚木でございます。)
と、申しあげた。
小君はたいそうお気の毒に思われて、眠ることもできず戸惑い歩くを、女君は人が怪しく思うのを案ずる。
供人たちは眠っているが、君はむやみにつらく思いになられ、女君のほかの人とは違った心の様子がなお消えず保たれているのが妬ましく、またこんな女であるからこそ心がひかれるのだと一方では思いながら、やはりつらいのでどうにでもなれとお思いになるけれど、思い切ることもできず、
「女の隠れているところに連れて行け」
と、おっしゃるが、
「たいそうむさくるしそうに籠もってしまいまして、人がたくさんおりますので、恐れ多くて」
と申しあげる。小君は気の毒であるともっている。
「よし、おまえだけは私を見捨てないでおくれ」
と、おっしゃって、小君をかたわらに伏せさせた。小君は君の若く慕わしいご様子をうれしくめでたいことと思っていたので、源氏の君は連れない人よりもかえっていとおしく思うのであった。
(帚木 完)
天主君山現受院願成寺住職
魚 尾 孝 久
|