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第3巻「空蝉」その2
「光源氏ののぞき見」
小君は、子供心にも、どのような機会にお連れいたしたらよいのか思案しているときに、紀伊守が国に下ったりして、女たちがのどやかである夕闇にまぎれて、自分の車にのせてお連れする。この子も幼いから「いかなるであろうか」と思われたが、そんな風に考えていたならどうにもならないので、さりげない姿で門などに鍵をかけられぬうちにと、急ぎお出かけになる。人気のないところから車を引き入れて、お下ろしになる。子供であるので、宿直人(とのいびと)なども注意もせずへつらうこともしない。
東の妻戸にお立たせになって、自らは南の隅の間から、格子を叩き騒ぎながら入った。女房たちは「まる見えです」といっているようだ。小君が、
「どうして、こんなに暑いのに格子を下ろしてあるのですか。」と問うと、
「昼から西の対の方がお渡りになられて、囲碁をお打ちになっておりますので。」という。
源氏の君は、ふたりが囲碁をしている姿を見たいと思って、やおら歩み出でて簾と格子のあいだにお入りになる。小君の入った格子はまだ閉めていないので、隙間の見えるところによって西の方をご覧になると、格子の際に立ててある屏風も端が畳んであって、目隠しの几帳なども、暑いためであろうか帷子(かたびら)上げてあって、たいそう中まで見入れられる。
碁盤の近くに灯火がともされている。母屋の中柱のところで横向きになっている人が、自分が思っている人かとまず目をお止めになると、濃い綾の単襲(ひとえがさね)であろう、何かわからないものの上に着て、頭が細やかで小柄な人の物憂げな姿をしており。その顔などは差し向かっている人にもはっきりと見えないように気をつかっている。手つきは痩せていて、たいそう袖を引いて顔を隠している。
さてもう一人は?
との‐い【宿直】(「殿居」の意)
@宮中・役所などに宿泊して勤務・警戒すること。万葉集2「君ませば常つ御門みかどと―するかも」
A天子の寝所に奉仕すること。御添臥。源氏物語桐壺「御方々の御―なども絶えてし給はず」(広辞苑)
天主君山現受院願成寺住職
魚 尾 孝 久
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