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第3巻「空蝉」その3「囲碁する女」
もうひとりの女は、東向きで残るところなく見える。白い薄物の単衣襲、二藍(ふたあい)の小袿のようなものを無造作に着て、紅の袴の紐を結んでいるあたりまで胸をあらわにしているようすである。たいそう色白で美しげに太った大柄の人で、頭や額はあざやかで、目や口つきはたいそう愛敬があり、はなやかな容貌である。髪はたいそうふさやかで、長くはないが下がった先や肩のようすなと清げで、総じてたいそうひねくれたところがなく、美しいげなる人と見えた。
なるほど親が自慢するのも無理もないと、おもしろくご覧になる。いま少し落ち着いた感じが加わったならばと、ふと思われる。才能がないわけではあるまい。
碁が打ち終わって駄目をつめるあたり、機敏にみえてテキパキとするが、奥の人はたいそう静かに落ち着いていて、
「お待ちなさい。そこは地でしょう、このあたりの劫を」というけれど、
「いや、このたびは負けました。隅のところ、どれどれ」と、指を折りながら、
「十、二十、三十、四十」など数えるようすは、伊予の湯桁もたどたどしくなく数えられるであろう。少し品がない。
たとえようもなく口元を袖でわずかでも顔を見せないでいるが、しっかりと見詰めると、しぜんに横顔がみえる。目がすこし腫れた感じで、鼻などもあざやかなところもなく年取った感じで、美しくもみえない。はっきりいうと、わるき器量であるが、たいそうきちんとしているので、この器量のよい人よりも心あると目がとまるようすである。
ひとえ‐がさね【単襲】‥ヘ‥
単二領以上を重ねる着装法。夏季用。(広辞苑)
ふた‐あい【二藍】(2種の藍の意)
@紅くれないと藍とで染めた色。やや赤みのある藍色。「ふたゐ」とも。
A襲かさねの色目。山科流では、表裏ともに二藍または裏白。(広辞苑)
こ‐うちき【小袿】
女房装束の略装で、上級公家女性が用いるややかしこまった上着。身丈が袿より短い。表は二倍ふたえ織物または浮織物、裏は平絹または綾など。(広辞苑)
だ‐め【駄目】
囲碁で、双方の境にあって、どちらの地にもならない空所。偐(にせ)紫田舎源氏「碁を打ち果てて、此所は―そこにも二目と言ふさへも」(広辞苑)
天主君山現受院願成寺住職
魚 尾 孝 久
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