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第4巻「夕顔」その2
光源氏は、車を門のなかに引き入れて、お降りになる。随身惟光(これみつ)の兄の阿闍梨(あじゃり)、娘婿の三河守、娘などが集まっているところで、こうして君がお越しになられたよろこびを、無上のこととかしこまる。
尼君も起きあがって、
「惜しい身ではないけれど、この世を棄てがたく存じております
ことは、ただこのように御前にお伺いしてお会いできなくなって
しまいますことが、惜しく存じまして躊躇しておりましたが、受
戒のおかげでよみがえりまして、こうしてお渡りくださいますお
姿を拝見申しあげますと、ただ今は、阿弥陀仏の来迎も心清
く待つことができます。」
など申しあげて、弱げに泣く。
君は、
「近ごろ、ご回復の遅れるご様子を心配いたしておりまして、こ
のように尼の姿でいらっしゃるのが、たいそういたわしく思われ
ます。長生きをして、わたくしがさらに高い位になりますことな
どを見守ってください。それでこそ、九品の上にも障りなく往生
することができましょう。この世に少しでも恨みの残りますこと
は、悲しいことと聞いておりますので。」
など、涙ながらおっしゃる。
乳母のようにこどもを可愛がる立場の人は、欠点のある子でもあさましいまで大切になさるのに、この君のような方に終始お仕えできたことがたいそう名誉なことなのに、わが身までも案じてくれることが、畏れ多いと思われたのであろう涙がちである。
みずから背いたこの世であるのに去りがたいかのように泣いているのを、子どもたちはたいそう見苦しいこと思って、突っつきあい目配せをする。
あじゃり【阿闍梨】〔仏〕(アザリとも。 軌範師・教授・正行と訳す)
@師範たるべき高徳の僧の称。
A密教で、修行が一定の階梯に達し、伝法灌頂により秘法を伝授された僧。
B日本で、天台・真言の僧位。
じゅ‐かい【受戒】
仏門に入るものが仏の定めた戒律を受けること。納戒。大鏡道長「―にはやがて殿のぼらせたまひ」
らい‐ごう【来迎】‥ガウ(ライコウとも)
〔仏〕臨終の際、仏・菩薩がこれを迎えに来ること。特に浄土門でいう。末灯鈔「臨終をまつことなし。―をたのむことなし」
く‐ほん【九品】〔仏〕
@極楽浄土に往生する者の生前に積んだ功徳の違いに応じて分けた九等の階位。上品・中品・下品げぼんの三品に、それぞれ上生・中生・下生げしようの三等がある。三三品さんさんぼん。観無量寿経に基づく。
A九品浄土または九品蓮台の略。
天主君山現受院願成寺住職
魚 尾 孝 久
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