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第4巻「夕顔」その4(下の品の女に興味をいだく光源氏)
御前駆(さき)の松明(たいまつ)もほのかにて、たいそう忍んでお出になられる。さきほどの半蔀(はじとみ)は降ろしてあった。隙(ひま)などから見える灯火の光は、蛍よりさらにほのかで寂しげであった。
お心ざしのところ(六条御息所)には、木立や前栽など、すべて一般のところとはちがっていて、たいそうのどかに心憎く住んでおられる。女のうちとけないありさまなど、様子が異なっているので、先ほどの垣根の家をお思い出すまでもなかった。つとめてすこし寝過ごしになられて、日がさしのぼるほどにお出になられた。朝の姿は、まさに人のお褒めになるのも道理である様子であった。
今日も昨夜の蔀の家の前をお通りになられる。今までも通りすぎになられたあたりであるが、ただ歌をかわしたことにお心が止まりて、どなたの住み処であろうかと行き来にお目がお止まりになられた。
惟光は何日かして参上した。
「患っておりました人がまだ弱げでございましたので、何かと世話に手が掛かりまして」など申しあげ、近くに参りよりて申しあげる。
「仰せられましたのちに、隣のことを知っておりますものを呼びまして尋ねましたが、はかばかしいことも申しませんでした。たいそう忍んで5月のころより住んでおられる人であるようですが、だれであるかはその家の人でも知らせていないと申しております。時々、垣根からのぞき見をいたしますに、たしかに若い女たちの影が見えます。褶(しびら)のようなものを形ばかり着けていて、ご主人に仕える人がおられるようです。昨日、夕日がはっきりと差し込んでおりますときに、文を書くといっていらっしゃる人の顔こそ、たいそう美しいものでございました。物思いをしている気配で、仕える人たちも忍んで泣く様子など、はっきりと見えました。」
と、申しあげる。君もうち笑いになられて、さらに知りたいものであるなとお思いになられた。
世のおぼえこそ重い御身のほどであるが、お歳の若さや人々がお慕い思し申しあげることなど思うに、好き者でないのも情けなくつまらないであろう。人の承知しないほどの人であっても、それなりの女のことは好ましく思うのであるからと、惟光は思っている。
「もしも見ることもあろかと思いまして、ちょっとしたついでをつくり出して、手紙などを使わしました。書きなれた筆で、すぐに返事などしてまいりました。たいそう気にかかる若人などがいるようでございます。」
と申しあげると、
「さらに言い寄れ。わからなくてはつまらぬことになる。」
とおっしゃる。
雨夜の品定めで、下のなかでも下と人の捨てた住み処であるが、そのなかにも思いのほかの女を見つけたならばと興味をお持ちになられた。
褶(しびら)
裳もの一種。地位の低い女房のつける簡略な裳。源氏物語夕顔「―だつものかごとばかり引きかけて」(広辞苑)
天主君山現受院願成寺住職
魚 尾 孝 久
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