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第5巻「夕顔」その9(夕顔に魅せられる光源氏)
源氏の君は、たいそう気を遣い、ご装束もやつれた狩衣をお召しになり、様をかけてお顔もお見せにならず、夜深きほどに人々が寝静まってから出入りなどをなさるので、昔あったという物の変化(へんげ)のようで、ひどく思い嘆かれるが、その人のご様子は、手探りでもわかることであるので、どのくらいの身分の方であろうと、この好き者(惟光)のしでかすことであろうかと、大夫(惟光)を疑いながらも、惟光は知らん顔でまったく思いもよらぬ様子で浮かれ歩くので、どういうことなのかと心得ず、女のほうでも不思議に勝手の違う思いをしているのであった。
君も、女がこのように油断をさせて急に姿を隠してしまったならば、なにを目当てに探したらよいのであろうか。かりそめの隠れ家と見え、どこかに移ってしまう日も知らないので追いかけても、それだけのもてあそびと思い過ごすことができない。
人目を考えて、お出かけを控えられた夜などは、たいそう忍びがたく苦しくまでお思いになるので、やはり誰にも知らせず二条院に迎えてしまおう、もしも噂になって不都合なことになっても、それはそうなる因縁であろう。我が心ながら、これほどまでに女に執心することはないのに、前世からのどのような約束事があるのだろうかと、お思いになる。
「いざ、たいそう心休まるところにて、のどかにお話いたしましょう」
など、お話になられるので、
「やはりあやしいことでございます。そのようにおっしゃられても特別なおもてなしでございますので、もの恐ろしくございます。」
と、たいそう若やかにいうので、ほんとうにと微笑まれて、
「ほんとうに、どちらが狐であろうか。そのまま騙されてなさい」
と、親しくおっしゃると、女もたいそうなびいてしたがっている。
世間では考えようもないほど不都合なことであったが、一生懸命したがってくる心はかわい人であったので、あの「雨夜の品定め」で頭中将が話していた常夏ではないかと、話していた女のことが真っ先に思い出されたが、女が隠すようであるので無理には問わなかった。
思わせぶりをして、急に隠れてしまうような様子はないが、離れ離れ(かれがれ)のときは、常夏が急に姿を隠したように考えが変わってしまうこともあるかも知れないと思う。少し外の女に心を移すならば、この女に対する気持もさらに増すであろうとさえ思うのであった。
へん‐げ【変化】
形が変わって違ったものが現れること。
神や仏が仮に人の姿となって現れること。権化(ごんげ)。竹取物語「わが子の仏、―の人と申しながら」
動物などが姿をかえて現れること。ばけもの。妖怪。宇津保物語(楼上下)「かつは物の―にやとまでおぼせど」 (広辞苑)
すさび【荒び・進び・遊び】
気の向くままにすること。気慰みのわざ。もてあそび。古今六帖(5)「ある時はありの―に語らはで」。源氏物語(蛍)「御方々、絵物語などの―にて、あかしくらし給ふ」
天主君山現受院願成寺住職
魚 尾 孝 久
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