(前話は、願成寺ホームページ「メルマガお申し込み」のバックナンバーにあります。)
第5巻「夕顔」その11(夕顔をともなって外出する光源氏)
明け方も近くなった。鶏の声などは聞こえず、御嶽精進のためであろうか、ひたすら翁じみた声で五体投地する声が聞こえてくる。大儀そうにお勤めをしているようである。たいそう哀れに朝の露と異なることはないこの世であるのに、我が身に何をもとめての祈りであろうかと、お聞きになる。
「南無当来導師」と拝んでいる。
「あれをお聞きなさい。この世のことだけとは、思っていないのですね。」と関心をもたれて、
優婆塞が 行ふ道を しるべにて
来む世も深き 契りたがふな
(優婆塞がおこなう仏道のお勤めをしるべにて、
来世も二人の深い契りをたがうことがないよう
にして下さい。)
玄宗皇帝と楊貴妃とが契った愛がが成就しなかった長生殿のふるい例しは不吉であるので、比翼の鳥のことは避けて、彌勒の世のことをお考えになる。来世のお約束はたいそう大げさである。
前の世の 契り知らるる 身のうさに
行く末かねて 頼みがたさよ
(前世の契りから知られる我が身の拙さから、
行く先を頼むようなことはできません。)
このような仏道のことは、やはり心もとないものであった。
みろく‐の‐よ【弥勒の世】
弥勒菩薩がこの世に現れて衆生を救うと信じられている未来。源氏物語(夕顔)「―をかね給ふ」
みたけ‐しょうじ【御嶽精進】
熊野のに詣でるために百日の精進潔斎をおこなうこと。
ごたい‐とうち【五体投地】
〔仏〕両膝・両肘・額を順に地につけて、尊者・仏像などを拝すること。最高の礼法。接足礼。頂礼(ちょうらい)。日本霊異記(下)「五体を地に投げ」
とうらい‐どうし【当来導師】
来るべき世に出現する導師、すなわち56億7000万年を経た後、この世界に出現し、成道して衆生を化導するという弥勒(みろく)菩薩。
うばそく【優婆塞】
〔仏〕(梵語 up saka)在俗の男子の仏教信者。信士(しんじ)。清信士。源氏物語(夕顔)「―が行ふ道をしるべにて」⇔優婆夷(うばい)。
ちょうせい‐でん【長生殿】 チヤウ‥
唐代の宮殿の名。華清宮の一つで、太宗が驪山(りざん)に設けた離宮。玄宗が楊貴妃を伴って来訪したことで有名。
清代の有名な戯曲。洪昇作。50幕。玄宗と楊貴妃の愛情を主題とする。
干菓子の一つ。長方形の紅白の落雁で、金沢市の名物。
ひよく‐の‐とり【比翼の鳥】
[爾雅]伝説上の鳥で、雌雄各1目・1翼で常に一体となって飛ぶというもの。また、翼をならべて飛ぶ鳥。男女の深い契りのたとえ。白楽天の「長恨歌」で有名。平家物語(6)「天に住まば―、地に住まば連理の枝とならんと」
風鳥(ふうちょう)の別称。
みろく‐の‐よ【弥勒の世】
弥勒菩薩がこの世に現れて衆生を救うと信じられている未来。源氏物語(夕顔)「―をかね給ふ」
天主君山現受院願成寺住職
魚 尾 孝 久
|