つい先日のことですが、新潟の美術館でカビやら蜘蛛やらが館内で発見され、間近に迫っている国宝級の仏像展の開催を再検討する、というニュースがありました。
素晴らしい仏様を拝観することを楽しみにしていた人々には、大変残念な状況だと思います。関係各位の努力によって、何とか計画通り開催していただきたいと祈っております。
ところで、一般のイメージでは美術館、博物館といった施設は厳重な資料管理をしていると思われています。実際その通りなのですが、それではなぜ今回のような問題が起こったのでしょう。私も学芸員として働いていたことがありますので、その時の経験から推測してみたいと思います。
カビやら蜘蛛やら、と最初に書きましたが、この2つは実際のところ全く性質の違う問題です。
建物の構造にもよりますが、カビを100%防止することはほぼ不可能です。あえて言うならば、館内の空調設備が適切に動いていたかどうか、この点は確認が必要です。ただし、雨の日も、雪の日も大勢の来館者がありますから、どこかにカビが発生することは大いにありうることです。
しかし、現在では作品の展示ケースは完全密閉式が主流ですので、通常の場合展示物に影響が出ることは、まず考えられません。館内の他の場所については年に1〜2回の定期的な「くんじょう」作業で対応します。「くんじょう」というのはある種のガスを密閉した空間に満たし、害虫や、微生物、細菌などを除去する作業です。これは定期的に行われる全館くんじょうと、必要に応じて行われる個別のくんじょうがあります。
蜘蛛の大量発生という事態は、この個別のくんじょうをきちんと実施しなかったということにほかなりません。1匹2匹の虫ならば、観客について入ってしまうこともありますが、卵まで見つかるということは通常考えられません。なぜなら、繁殖できるだけの数が、一時に侵入したということだからです。
報道などを見る限り、自転車にリヤカーの様なものを取り付けた現代美術の作品が元のようですが、この作品を展示場へ運び込む前にくんじょうをしなかったのでしょう。まして地域を走り回って土がついたままの状態だったようですから、学芸員的な常識ではちょっと考えられません。
背景にはくんじょうをおこなうための予算、といった問題もあるとも思いますが、結局は責任者の感覚の問題でしょう。この場合は館長さん、ということでしょうか。次回は国宝を含む仏像展、ということは数年前からわかっているはずです。1点ならばともかく、数点の国宝の借用交渉など、1年2年でできるものではありません。
それなのに、直前の展示室管理を通常レベルで(見方によっては標準以下で)おこなっていたということは、これは私の想像ですが、古い日本美術を展示するという感覚しかなかったのではないかと思います。1500年にわたり、人々の祈りを受け止めてきた信仰の対象を預かる、という意識が無かったのか薄かったのか、それはわかりません。
ただし万一のことがあれば決して取り返しのつかないことになる、ということまでを認識していたのでしょうか。
同じような仏様は確かにいらっしゃるにしても、そのお寺のご本尊の変りはおいでになりません。そのお寺のご本尊様は、2度と戻ってこないということが分かっていたのでしょうか。
美術品なのか、祈りの対象なのか。実はこれは宗教的な展示を企画する時に、必ず問題になることなのです。
個人的にはどちらかに決め付ける必要は無いと思いますが、美術品として鑑賞するにしても、それが人々の祈りの対象であることは、心の片隅にとどめておいて欲しいと思います。こうした仏様に、今の私達がお会いできるのも、今日まで守りとおした人々の思いあってこそなのですから。
浄安寺住職 八 幡 正 晃
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