さて今回は、「高額な戒名料すなわち長いお戒名(法号)」という感覚が定着した、その理由を考えてみます。
理由としては、大きく分けて3つ挙げられると思います。
1、現実にそういう形が通例になっていた。
2、一部の寺院が金銭至上主義に傾いている。
3、過疎地域の寺院が運営難から妥協を強いられている。
このうちの 「1、現実がそうだった。」ということは御葬家の側に半分の責めがあります。前回も記したように、生前にお寺や仏教とかかわりが無かったのにもかかわらず、長いお戒名を欲しがる、いわば虚栄心も原因だったのです。
最近は「戒名料」に関する諸々の問題は、全て寺院と葬儀社の責任、といった論調が主流です。ですが、決してそうではない、ということははっきり認識してもらいたいと思います。
御葬家の側に半分の責めがある、ということは残りの半分はそれ以外、すなわち寺院及び葬儀社等、関連の業者さんにあるということです。業者さんに関しては改めて論じることとして、寺院の側の事情を見てみます。
この事情が、原因の2及び3の部分です。「2」として取り上げた、一部にお金のことが最優先のお寺がある、ということは大変残念な事実です。この点はまた改めて考えることとして、今回は「3」の理由について述べてみます。
無論、お寺を日常的に維持管理するためには、一定のお金が必要です。一般的に寺院の場合は境内地も建物も、普通の家庭よりはるかに大きいために、その経費も大きな額になります。 例えば、東京都心のとあるお寺の場合、植木屋さんの支払いだけで、年間1千万近いと言います。
そこまでのスケールでなくても、寺院を運営していくためには、なにがしかの費用は必要です。そしてその費用は、大多数のお寺では皆様方のお布施に頼っているのです。
当たり前のことに聞こえますが、浄安寺のある相模原辺りでは、これは一般的な常識ではありません。お布施は僧侶個人の収入になると誤解している方が半数以上だと思います。
なぜこんな状況が生まれたかといえば、それは日常的にお寺と接点がない、ということに尽きると思います。
霊園にお墓を買って、法事のときの読経はどこかで紹介してもらった僧侶に、霊園であげてもらう。これではどこにもお寺との接点がありません。だから、お寺の運営、といったところにまでは思いが至らないのです。
けれども、決して悪意があるわけではありませんから、説明すればおおむね納得していただけます。ただ、説明させてもらえる接点すらないのが現状です。
ところで、ご承知のように、日本の人口はほぼ横ばいの状態が続いています。その中で都市部にそれだけの新しい墓地の需要があるということは、どこかが減っているということです。その減っている地域が、過疎地域なのです。
過疎地域にある寺院では、もうずいぶん以前から維持管理が限界に来ています。お寺の檀家さんでも普段は都市部で生活をしており、葬儀と埋葬の時だけお寺に来る方々が増える一方です。
当然、普段の接点がありませんから、田舎にある菩提寺へのお布施や付け届けといった、伝統的なお付き合いがわからない。といってお寺としては、お堂の修理や、場合によっては新築なども怠るわけにはいかず、そこで苦肉の策として「戒名料」という方式を採用するところがでてきたのです。
昔の農村では、お寺にかかる費用というのは、村落のしきたりに則って分担が決まっていました。ここでは、そのこと自体の是非は論じません。ただ、事実としてそうだった、ということです。
ところが、共同体としての村落を離れてしまった場合、お寺のことに限らず、そこでのしきたりは無意味となります。変わって新しく参加した地域社会、すなわち都市のルールが基準になります。
都市のルールでは、対価が適正かどうかが非常に重要な要素です。だからそもそも、対価という概念の正反対に位置する「布施」ということの意味がわからなくなってしまいました。
そこで、一部のお寺では、ある意味ではお戒名を物品として扱う戒名料、という形式をとることによって、必要な収入を確保しようと動いたのです。それが結果的に戒名料という概念が定着する、その一因となりました。
たとえ、「布施」の考え方からずれるとしても、こういう状況下ではやむをえない選択であると思います。こういったお寺の場合、あくまでお寺の維持管理の費用を確保することが目的です。それでも足りずに住職が外で働いて、そのお給料も生活費以外全てお寺に入れている、そんな話はいくらもあります。
けれどもここまで来てしまえば、お寺のできる努力としては限界にきています。突き詰めれば、根本的には檀信徒の方々が自分たちの菩提寺をどうしたいのか、という問題にまで掘り下げなければならない、既にそういう状況になっています。
戒名料の額ばかりを問題にするのではなく、その背景にも目を向けていただきたい。強くそう思っています。
浄安寺住職 八 幡 正 晃
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