願成寺ホームページは、 こちら(http://ganjoji.com/)です。

次回配信日は、2月1日です。




歴史の受け継がれる、伊勢・欣浄寺


外宮にて、豊穣の神にお参りした


木立に囲まれた、内宮へと向かう静かな石段

 京都宇治平等院の国宝・阿弥陀如来坐像を、昨年の春に参拝した。その際に併設のミュージアム鳳翔館では、法然上人の八百年御遠忌を記念した「法然とその聖なる民俗」が開催されていた。現代にまで受け継がれる法然上人の教えに関連する絵画・書などを、展示するという趣向だった。
 そのなかでも特に目を引いたものに、「日輪名号記」(ひのまるみょうごうき)という物語の、描かれた書があった。法然上人が浄土宗を開宗したとされる承安5年(1175)に、伊勢神宮までじきじきに参拝し、その際に阿弥陀如来の本願である念仏が、神の御心にかなった証を授かったのだという。その逸話が、書には残されていた。

 伊勢神宮は、日本人の心の故郷のひとつとして、ひろく親しまれている。お伊勢さん、大神宮さまなどとも呼ばれているが、正式名称は「神宮」だ。そしてこの伊勢神宮を、浄土宗が開宗された年に法然上人が自ら参拝され、「和をもって尊しとなす」との思いとしていたことを知って、私は展覧館会場のなか、その書をまえに心を強くゆり動かされた。そしてこの伝承が法然上人二十五霊場の第十二番、伊勢の欣浄寺の「日輪の御名号」として、そのまま付け継がれていると聞き、昨年の12月に、伊勢神宮と共に参拝することにした。
 伊勢駅より歩いて五分ほどの場所に、はたして欣浄寺はあった。この、現在の地へと移されたのは、大正6年(1917)であったという。元の場所は、本堂に展示されている水墨画の掛け軸で見ることができ、それによるとそもそもの場所は、伊勢神宮の外宮近くの丘のうえ、海の見える大きな伽藍であったようだ。

 さて寺の縁起では、「日輪の御名号」の物語を、つぎのように伝えている。
 浄土宗を開宗した承安5年(1175)の春に、法然上人は43才で伊勢神宮に参られた。その際に静寂な森のなかで参籠し、念仏弘通の祈願をなされていた。すると七日目の早朝に、念仏を唱える上人のまえに、大きな日輪が現れた。その日輪のなかには、金色の文字で描かれた南無阿弥陀仏の名号が、光り輝いていたという。
 これは念仏弘通が神慮(神のおぼし召し)にもおよぶことであると、上人はたいそう喜ばれた。そして末代までの証に出来るようにと、上人は自らその名号を写し取って、外宮の宝殿に納めた。
 その宝殿はのちに兵火で焼けたが、上人の納めた名号だけが、火中から飛び出してきた。篠の葉にかかって光を放っていたと伝えられており、それをもって篠葉の御名号と呼ばれている。またこれは、まさに神仏混淆(こんこう)の日輪であるということで、「本迹不二(ほんじゃくふに)の御名号」ともいわれている。
 この物語の時代から、欣浄寺には長い時間が流れている。そこで我が身が現在の本堂において日輪の御名号を拝観することができ、合掌せずにはいられなくなり、そして念仏を唱えて感慨無量の心地になった。

 欣浄寺をあとにして、外宮に位置する豊受大神宮(とようけだいじんぐう)へ向かった。ここでは、天照大御神の食事をつかさどる豊受大神をお祀りしている。この神さまは日本人の主食である米をはじめ、衣食住の恵みを与えてくださる、産業の守護神であるともいう。そして深い森のなか、玉砂利を踏み締める音を耳にしながら、広い参道をさらに奧へ歩いた。この御正殿で参拝をしたのちに、内宮まで向かうこととなった。
 内宮はまた皇大神宮とも呼ばれており、日本人の総氏神様でもある天照大御神をお祀りしている。ここでは五十鈴川沿いの参道を歩き、森の奧にある御正宮を参拝させていただいた。
  伊勢の欣浄寺にまつわる日輪の御名号の物語は、聖徳太子が草案した十七条憲法の第一条にある一文「和をもって尊しとなす」との教えが今でも息づいていることを感じさせてくれる。そして改めて感じさせられたことは、神仏混淆の在り方は日本仏教のおしえのなかでも、とくに素晴らしい特徴を顕しているということだった。

 国内開教使・桂林寺住職  永 田 英 司








 唐突であるが、何か欲しい物はと問われたならば、まよわず、ドラえもんの何でも出せる「なんでもポケット」と、心にある場所を思ってドアを開けるとその場所に空間移動ができる「どこでもドア」という。いずれもマンガ「ドラえもん」の重要アイテムである。

 とりあえず「なんでもポケット」には今回用のメルマガ原稿を出してもらう。何でも欲しい物が出てくるというが、私利私欲のために使うことはできないようである。正確にいうと、わたしがその「なんでもポケット」を持っていて、お金儲けの機会を欲しいといっても出てこないのである。きっと、原稿が書けない私が原稿を望んでも不可能かもしれない。住職が原稿に困っているのを見て、ドラえもんが原稿を出してくれるというシチュエーションは可能性があるように思う。すなわち私が「なんでもポケット」を持つのではなく、ドラえもんと友達になることであるが、長年犬派を主張してきた私だけに不安がある。いや、ドラえもんは猫といっても猫型の未来ロボットだから、犬派をも助けてくれると信じたい。しかし、ドラえもんは「どら焼き」が大好きであったり、犬に追いかけられたりして、豊かな感情の持ち主であるので無理なのかもしれない。

 新しい年を迎え、この15日までの間に外出したのは、お檀家さんの新年会の買い物、大学の講義、お寺の事務のための銀行と郵便局、救急救命講習会の開催依頼のための消防署と味も素っ気もない。これでは原稿のねたが見つかるわけもない。やはりドラえもんの
「どこでもドア」を借りて……。いや仕事中心の日常生活であっても、豊かな感受性があるならば、そこに話すべき材料はあるとの指摘を受けそうであるが……。やはり原稿は地道な努力があって生まれてくるものであろうか。

 そういえば、ドラえもんも仏さまと同じように思えてきた。どちらも私の自分勝手な願いを適えてくれるものではない。もし仏さまが何でも適えてくれるならば、私など原稿に困ることはないはずである。
 ドラえもんは、子供たちの良き友であり、仏さまは私どもの心の支えである。ごまかしながらも、所定の字数に近づいてきている。こんな内容で勘弁させていただこう。
 ただ、新年早々、この自堕落では先が思いやられる。

 蛇足であるが、ウィキペディアよりドラえもん誕生の経緯を書き添えよう。
『ドラえもん誕生』によれば、締め切りが迫る中、新連載の構想が浮かばないという切迫した状況にも関わらず、作者である藤子・F・不二雄は、アイディアがすぐに思い浮かぶような便利な機械があったらいいのに、などと考えながら空想にふけってしまう。さらに、過去にもアイディアが思い浮かばないまま、ドラネコのノミ取りを始めてしまったという経験があったことなどを回想しているうちに、ついに締め切りになってしまう。そして、「わしゃ、破滅じゃー!」と叫びながら階段を駆け下り、娘の起き上がりこぼしにつまずいた瞬間、「ドラネコと起き上がりこぼし」というアイデアが結びつき、ドラえもんが誕生したという。また、「ダメな人間を便利な機械で助ける」という内容も、自分に重ね合わせてこのときに思いついたのだという。

 天主君山現受院願成寺住職
魚 尾 孝 久


どこでもドア?









第308回 辻説法の会

 お茶を飲みながら、法話をお聴きになりませんか!

日   時
1月20日(金) PM6:00〜7:30
会   場
茶房「 欅(けやき) 」 2F TEL:055-971-5591
講   師
善教寺 土山 和雅 師
参 加 費
無料 (飲み物は各自でお支払いください)
主   催
県東部青少年教化協議会(この会は、特定の宗派にこだわらず、
ひとりでも多くの方々に仏教を伝えることを目的に活動する団体です。)
次   回
2月17日(金) 同時刻  三明寺 大嶽 正泰 師

 

 


お 願 い

 今まで、お塔婆や香花等は、寺にて焼却しておりましたが、法改定により、平成14年12月1日から「野焼き」や「簡易焼却炉」によります、すべてのごみ等の焼却ができなくなりました。現在、願成寺にあります3基の焼却炉もすべて使用禁止となり、撤去いたしました。
  したがいまして、今後、墓参の折いらなくなりましたお花などのゴミにつきましては、下記のごとく、ご処理をいたしたく存じますので、ご理解とご協力をお願い申し上げます。



ゴミの分別

 ゴミは、次の4種類に分別してお出し下さい。

  「燃えないゴミ(ビン・カン)」
 市のゴミに出します
  「土に返すゴミ(花・香花)」
 寺にてチップにして土に返します
  「土に返すゴミ(草・落ち葉)」
 寺にて土に返します
  「燃えるゴミ(紙・ビニール)」
 市のゴミに出します

いらなくなりましたお塔婆は、寺にてチップにして土に返しますので、ゴミ箱の脇にお置き下さい。
ゴミ箱は水屋(水道)の近くに用意いたします。
飲物や食べ物は、動物が散らかしますので、お参りの後はお持ち帰り下さい。
お手数をおかけいたすことばかりでございますが、ダイオキシンをなくし、きれいな地球環境のため、切にご理解とご協力をお願い申し上げます。








▼ 文学講座のお誘い
 願成寺公開文学講座といたしまして、『源氏物語』を読んでおります。写本(青表紙本、新典社刊)と活字本とを対校しての講読ですが、参加者全員で声を出しての読みますので初心者の方でもご自由に参加いただけます。
現在、「須磨」の巻に入ったところで、朧月夜との事件から都に居られなくなった光源氏が、須磨へと旅立つところです。
ご一緒に、光源氏とともに須磨への旅を始めましょう。

開 催 日
 毎月 第1,3土曜日(変更あり)
開催時間
 10時〜11時30分
場  所
 願成寺庫裡
費  用
 無料(教科書はお求めいただきます。 1000円〜2000円)
申し込み
 電話、FAX、E-mail

※ご参加をご希望の方は、檀家、非檀家を問わず、どなたでもご参加いただけます。







 ラジオが唯一の情報源であった時代から、新聞やテレビが加わり、小学生までがパソコンや携帯電話を利用している時代となった。ひと昔前の学生の楽しみというと麻雀とお酒が定番であったが、町から雀荘が消え泥酔した学生の姿は少なくなった。これも学生たちの娯楽に選択肢が増えたからであろう。世の中はあらゆる選択肢が増え、情報のアイテムが氾濫し、多様性の時代といえよう。

 教化活動の基本としては、葬儀や年忌法要を始め、修正会、彼岸法要、施餓鬼会、十夜法要と、あらゆる法要での説法であろう。印刷技術の発達によって掲示板伝道、文書伝道ハガキ伝道がおこなわれるようになった。拙寺でも「ハガキ伝道」や「テレホン説法」の経験があり、教化活動も多様化してきたなかで、時代のニーズにあった教化活動の一つとして、「 願成寺メールマガジン 」と名付けてメールマガジンを発行することにした。

 寺院という特質から、教化の対象となるのはお年寄りという現実は否定できない。また檀信徒全体からすれば、どれほどの人が、インターネットを利用しているかと考えるとその効用ははなはだ微少と思われるが、新しい形での教化活動として実験的に発信することにした。

 インターネットによるメールマガジンの配信は、お寺に足を運ぶことの少ないあらゆる世代の皆さまに語りかけることができるであろう。また拙寺のお檀家さま以外の皆さまとも、お寺とのつながりを持たせていただく方法としては最良と考えております。

 毎月二回とは申せ、浅才なわたくしにとってはかなりの重圧となっていくであろうことは想像にかたくない。三回で中止するわけにもいかず、発信を決意するのに一年もかかった始末である。

 諸大徳の応援をお願いいたしながら、皆さまとの交流の場としていきたいと存じます。よろしくお願い申しあげます。

 天主君山現受院願成寺住職
魚 尾 孝 久


 







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