先日、「川施餓鬼」にいってきました。毎年この時期に、牛馬頭観音さまをご本尊として、農家の皆さんと家畜の供養祭をおこなっています。正確に言いますと、農家ではあるのですが、すでに牛や馬を飼っている人はなく、昔飼っていた人たちです。
ひと昔前までは、どの農家でも朝鮮牛を1頭飼って、田畑までの往復の荷車を牽(ひ)かせ、田畑では耕すことから代掻き(しろかき)までおこなわさせ、農家にとりましては牛なくして農業は成り立ちませんでした。余裕のある農家はあとホルスタインを1頭飼って牛乳をとりました。ですから農家にとりましては、牛は我が子同然であり、大切な家族でありました。一日の仕事を終えると、最後に牛の鞍をはずして手入れをします。ブラシを掛けられ、心なしか牛がしっぽを大きく振って喜んでいる光景は、鮮明に残っています。
時代とともに、牛から耕耘機やトラクタに代わってきましたが、牛を思う気持ち、供養する気持ちは微塵も変わっていません。毎年「川施餓鬼」と称して、供養祭が営まれているのです。
私たちの所ばかりでなく、大方の牛馬頭観音さまをお祀りしてあるのは河川敷です。きっとなくなった家畜を河川敷に埋葬したからでしょう。少し注意深く見ていただくと、河川の土手には必ずと言っていいほど供養塔があるものです。
河川の改修がありますと、必ず供養をしてから工事にかかります。私もよく頼まれて供養に参ったものです。供養祭を執行するのは土建業者の皆さんであり、工事の発注者である国土交通省の方は見えません。行政は宗教行為を嫌うからです。しかし現場で工事をする人たちは、かならず家畜の供養と工事の安全祈願をするのです。
ところがあるときの業者による供養祭の折、所長さんをはじめ何人かの役人の方も参加して下さったことがあります。一緒にお線香を上げ合掌いたしたことは、大変に嬉しかったことでした。
話は変わりますが、息子が「災害と宗教」というテーマで調査をしております関係で、狩野川台風の当時の聞き取り調査に同行しました。古老が語りました。
「私たちの地域は人の身丈ほどの浸水でした。夜中のことであ
り、田園地帯で小高いところもありませんでしたので屋根に逃げ
るのが精一杯でした。幸いに激流に飲まれたのではありませんで
したので、翌日には水が引き助かりました。しかし牛は助けられま
せんでした。屋根に上がるとき、牛の綱を切りました。自力で助か
ることを祈って。台風が過ぎ去って牛を探しました。水を飲みはじ
けそうにお腹の膨らんだ我が牛を、他人の畑で見つけました。で
も、畑の持ち主から持って行けと言われたらどうしようと思うと、俺
の牛だとはいえませんでした。昭和33年、重機などはなく、どうし
ようもなかったのです。50年もたっているから話せるのです。」
原発で避難するときに放たれた家畜の映像を見ました。辛かったです。
法要での法話で、今の農家の繁栄の一翼を担った家畜たちのこのとを再確認していただきました。そしてこの法要がいつまでも続けられることをお願いいたしました。
【朝鮮牛】
ウシの一品種。雄は体重370キログラム,肩高1.3メートルほどで,雌はやや小さい。体は普通,黄褐色。柔順で耐久力に富み,役用に適し,食肉用ともする。朝鮮原産で日本にも導入された。ちょうせんぎゅう。韓牛。(大辞林)
【代掻き(しろかき)】
田植の前に水田に水を入れて土塊を砕く作業。水田の漏水を防止し,田植を容易にする。また肥料と土をよく混合し,田面を平らにするとともに,雑草,害虫等の除去を助ける。(大辞林)
【ホルスタイン】
家畜の牛の一品種。オランダのフリースラント地方およびドイツのホルシュタイン地方の原産の乳牛。毛色は白と黒の斑。乳量が多い。日本で最も多く飼育。(大辞林)
【狩野川台風】
1958年(昭和33)の台風第22号のこと。台風の名称は決壊した狩野川からきている。9月21日にマリアナ近海で発生し、北上しながら急速に発達した。23日未明の3時から24日3時までの24時間で93ヘクトパスカルも中心気圧が深まり877ヘクトパスカルまで発達したこの台風も、26日夜伊豆半島をかすめて相模(さがみ)湾から神奈川県に上陸したころには、かなり衰弱していた。しかし、台風の接近により日本の南岸沿いの前線が活発化し、伊豆半島と関東南部では記録的な豪雨となった。台風はその後東京付近を通って三陸沖へ抜けている。
被害はおもに雨によるもので、東日本を中心に広範囲にわたった。気象庁技術報告(『気象庁技術報告第37号 狩野川台風調査報告』1963年)によると、死者・行方不明者は1157名、人的被害の大部分は、台風の通過した静岡県と関東地方で河川の増水・決壊によってもたらされた。なかでも、伊豆地方では狩野川の氾濫(はんらん)によって、死者・行方不明者が900名を超えるなど大きな被害が発生し、修善寺(しゅぜんじ)町(現、伊豆市)だけでも、死者・行方不明者は464名にのぼった。東京では26日の日降水量は393ミリメートルと気象庁開設以来の雨量となり、石神井(しゃくじい)川の堤防決壊など、随所に水害が発生し、交通網が寸断された。
”狩野川台風”, 日本大百科全書(ニッポニカ), ジャパンナレッジ (オンラインデータベース), 入手先<http://www.japanknowledge.com>, (参照 2012-08-01)
天主君山現受院願成寺住職
魚 尾 孝 久
|