天井画を5月頃から制作していて、私にとって初体験である。この機会を作ってくれたのが、北海道利尻島慈教寺の嶋中上人だ。
親しくなったのは、平成22年5月に中国西安香績寺二祖対面法要と西域シルクロードの旅を、8日間20名の僧侶の方々と一緒に行った内の一人だったからだ。
今にして思うと、それからの多くの事が、天井画を制作する準備であった。
始まりは、敦煌莫高窟だった。周りはゴビ砂漠に囲まれているが、気候が温暖、水源が豊かで、砂漠のオアシスになっている。
莫高窟は仏教芸術の宝庫であり、画家として特に興味深かったのは壁画の数々だ。今までの表現方法の伝統を踏襲しながら、外からの技法を絶えず受け取り、時代とともに変化し、大きく絵巻を形成していくことが感じられたからだ。なかでも観無量寿経変図・飛天など色鮮やかに描かれた作品群は、かつての人々が莫高窟の諸仏にご加護を願い、表現したであろう気迫が伝わってきた。
次に壁画を拝観する機会は、平成23年2月に、インドのアジャンタとエローラ石窟群を訪れたからだ。アジャンタ石窟群はデカン高原西北部の断崖に建造された、インド最古の仏教石窟群といわれている。この場所は、周囲の厳しい環境のなかで、仏教者や芸術家が何にも妨げられることなく修行できるように作られていると、丘の上から全体の風景を俯瞰(ふかん)した時に思った。
洞窟の壁画や彫刻は、お釈迦さまの人生や、ジャータカ物語などが詳しく述べられていた。さらに、当時の家庭生活や風景、動物なども表されていて、自由な発想と表現力が多岐にわたっている蓮華手菩薩や金剛手菩薩は、優雅で気品に溢れていた。
素晴らしい技術・表現力の豊かさと、宗教的な思いからの表現が、独自な美に昇華されていた。祈ることができて、毎日生活する場所として、非常に満足した心を持てたのであろう。奇跡的に保存された壁画や彫刻が、それを教えてくれる。
もうひとつのエローラ石窟群は、デカン高原北部にある。古代インドに栄えた三つの宗教、仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教がともに巨大岩盤に彫り込まれた最大規模の石窟寺院だ。こちらは、彫刻が素晴らしい石彫芸術の傑作が揃っている。
そして、平成23年5月に、利尻島の慈教寺に春季法要の法話のため訪れ、嶋中上人との仏縁が続いた。そのとき、本堂を建て替える話を聞き、天井画を依頼されることとなった。
利尻島は、百名山のひとつになっている利尻富士がある。慈教寺から山の全貌が見える、その裾野にある寺だからだ。
本堂内陣の格天井(ごうてんじょう)に描くので、ご本尊の方向に、極楽浄土に誘ってくれる鳳凰が大きく羽根を広げて、利尻富士の頂上に向かって飛ぶイメージだ。その後から飛天が利尻に咲く花々を両手で抱えて続く。奏楽菩薩が音楽を奏でて、すべての衆生を極楽浄土へ導いてくれる。全体の色は空の色、白群青にした。私の知る限りでは、今までに例がないと思う。
本尊さまの両脇壇下地袋絵が2ヵ所。それぞれ縦60センチメートル、横2メートルほどだ。そこには阿弥陀経にある蓮の花で青、黄、赤、白を池に咲かせる。
中国の敦煌莫高窟、インドのアジャンタとエローラの石窟群に共通して感じられたことがある。長い年月をかけた、人々の力の結集と篤い信仰があってできたのだと思う。
今回の天井画制作では、その精神を少しでも学ばせてもらい、多数の方々とともに制作している。仏縁に感謝したい。そして、完成は11月中を予定している。
桂林寺住職 永 田 英 司
|