皆さま、先日の台風19号の被害は大丈夫でしたか。私は三島で生まれ育っているので、昔から聞かされていた昭和33年の『あの狩野川台風』に匹敵する台風というアナウンスがあったので、かなり用心することができました。そのおかげか、お寺や町内にも特に被害はありませんでした。
先月の台風15号の時は、三島市が9月8日18時15分、市内全域の土砂災害想定区域に、警戒レベル3の避難準備・高齢者等避難開始を発令したため、私は避難所を開設するために川原ヶ谷公民館におりました。川原ヶ谷地区は市の指定避難所としては、東小学校がありますが、大場川が増水している時に橋を渡って距離のある東小学校へ行くことは高齢者では困難なため、地区ごとの避難所として公民館に準備がしてあります。
台風15号の時は、自治会役員6人程で夕方から公民館に待機しておりました。市より高齢者等避難開始は発令されたものの、長年川原ヶ谷に住まれている先輩方は、『このくらいの風雨ではおそらく大丈夫だろうし、避難してくる方もいないんじゃないかな』と言っておられました。実際に避難してくる方もおらず、日をまたいだ深夜に解散となりました。
今回の台風19号は、近づく前からその勢力がニュースになっていましたし、先月の15号と比較もされていたので、避難所の開設は間違いないだろうと、数日前から思って準備しておりました。ですから、三島市が10月12日9時に市内全域の土砂災害警戒区域に警戒レベル3の避難準備・高齢者等避難開始を発令しましたら、すぐに公民館に駆け付けました。今回の19号は12日の夕方から夜がピークとのことで、避難所滞在が長時間にわたることが予想されました。
そこでまず大量のお湯を沸かし始めました。これは修行道場で培われたものなのです。修行道場の一日は、早朝に一足早く起きてきた典座(料理当番)がマッチを擦ることから始まります。かまどに火を点け、お湯を沸かすことで全てが始まるのです。そのお湯を道場内の全ての仏さまに捧げて回りますし、そのお湯を使ってお茶を飲みます。またその火で一日中ご飯を作っていくのです。私も修行道場で典座という役職の時には、毎日最初にするのはお湯を沸かすことでした。ですから、何はともあれ、まずはお湯を沸かしたのです。
避難してくる方もそうですが、避難所を運営する役員たちが何人もいるので、冷たいお茶・熱いお茶、両方たくさん用意して、残りのお湯はポットに入れて置いておきました。
11時50分には町内を流れる山田川が氾濫の恐れのある水位に到達したとのことで、山田川沿いに警戒レベル4の避難勧告が発令され、昼頃より避難してくる方が現れてきました。夕方には10名を超えて来て、自治会役員と合わせて20名程で、おにぎり・インスタントのみそ汁とカップラーメンを晩御飯として食べました。
川原ヶ谷公民館の隣には、三島市消防団第11分団の詰所があります。今回の台風でも、川原ヶ谷を含め受け持っている地域を何度も巡回し、各河川の水位を確認し情報をもらえたことにより、避難者の受け入れ体制を整えることができ、避難所の解散の判断もできました。私の同級生も2人加わっているのですが、危険を伴うなかで、本当に頭の下がる思いです。またその多くは、三島囃子保存会に入っていて、三島を文化面でも防災面でも支えてくれる、ありがたい存在なのです。
この台風19号は『あの狩野川台風』に匹敵すると言われていました。もちろん三島をはじめ各地に被害をもたらしましたが、これまでの間、『あの狩野川台風』を教訓とし、行政と住民が一体となり治水に取り組み、また『あの狩野川台風』を後世まで語り継いだ事により、皆の危機意識を高め、この辺りでは、被害は最小限にとどまったのではないでしょうか。
今回は『伝える』ということの重要性を改めて教わる機会だったのではないかと思います。
地福山宝鏡院住職
林 晴 雄
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