ちょうどお彼岸のころであろうか、テレビの天気予報で気象予報士が「女心と秋の空と申しますように、晴れの日が続きません」といった。昔からいわれている慣用句で、だれでもが知っている言葉あるが、現代には適さないように思われる。
故事俗信ことわざ大辞典には次のごとくである。
女の心と秋の空模様はともに変わりやすい。女心が移ろい
やすいことを秋の空になぞらえたもの。
【補説】
古くは「女の心と秋の空」といったが、今日では「女心と
秋の空」の形で定着している。なお、「世諺拾遺」(1758)
などには「男の心と秋の空」が収録されており、江戸時代
には後者の用例・収録例が多かった。
女性に対して大変に失礼な話である。ところが「男心と秋の空」を女心に変えたものだという。
「男心と秋の空」は主に女性に対する男性の愛情が変わりやすいことをいうが、「女心と秋の空」は男性に対する愛情に限らず、感情の起伏が激しいことや移り気なことをいう。こうなると、甲乙付けがたくなる。
とかく訓示などは、「故事」「ことわざ」「慣用句」「四字熟語」などが利用されることが多いが、注意が必要のようにも思われる。「ことわざ」等は、長い歴史のなかで経験と知識の共有により生み出されたもので、日常生活や社会生活において様々な効果を生み出し、社会における規範を示すことも多い。しかし、おおかたのシチュエーションでは、上目線であること、ときには知識の誇示ともなりかねないのである。
ここで問題としたいのは、公共性の場での使用には、充分すぎるほどの注意が必要であるということである。使用している本人が思うほど効果がなく、また好感度もそれほど上がっていないようにも思える。
「秋のお天気は、晴天が3日と続かないのが特徴です。」で、良いのではなかろうか。
「馬の耳に念仏」は、「(馬に、ありがたい念仏を聞かせても無駄であるところから)いくら言って聞かせても聞き入れようとせず、ききめのないことのたとえ。馬の耳に風。犬に論語。馬に経文。馬の耳。」ある。「馬」にも「念仏」にも失礼な話である。
天主君山現受院願成寺住職
魚 尾 孝 久
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