萵苣(ちしゃ)をご存じであろうか。一般的に「茎チシャ」「掻きチシャ」と呼ばれレタスの仲間であり、焼き肉に使われるサンチュのように、葉を掻いて利用する。チシャの葉は摘み取られても次々と生えてくるところから、いくら取っても、次々と出てきて尽きないことのたとえから、「萵苣千枚張(ちしゃのせんまいばり)」と、ことわざがあるくらいである。我が国では、「正倉院文書」や「延喜式」にも登場してきており、古来から重宝されていたようであるが、いわゆる西洋レタス(玉レタス)に、その主役を奪われてしまい、現在では知る人もいないようである。無論、一般的な八百屋さんやマーケットで目にすることはない。
昨年の暮れは野菜の値段が暴落して、ブロッコリー、大根、キャベツ等が、ひとつ100円で売られた。庶民にはありがたいことであるが、生産農家ではひとつ10〜20円で、出荷用の段ボール代にもならないと、出荷を取りやめたというニュースがあった。昨年の秋は、ほとんどの産地で台風が上陸しなかったこと、暖冬で野菜が前倒ししたためという。
そんななかで、暮れになると高騰する野菜がある。それがチシャである。われわれが値段を知るよしもないが、ネット販売では、東京や京都の専門店が販売している。1本300〜800円で、10本入りで消費税と送料で1万円を超えることもある。
その需要先は、「お節料理」である。写真のお節料理の手前に野菜煮の「吹き寄せ」がある。
白…………竹の子芋の煮物
赤…………金時人参、普通の人参の煮物
黄…………甘藷の檸檬煮
茶…………椎茸の甘辛煮
緑…………萵苣の西京味噌漬
どんな高価なお節料理でも、色合いとして苦労するのが緑色の食材であろう。洋風お節は別として、キュウリ、ブロッコリー、スナップエンドウでは興ざめである。日本料理としては、冬場はほうれん草や春菊のおひたしが定番であるが、汁ものは使えない。ビニールの葉蘭(ハラン)の使用などは問題外である。あしらいものとして、南天や衝羽根(つくばね)が使われ、色合いとしては良いが食べることができない。
そこで登場してくるのが、萵苣である。色合い、うま味、さらにコリコリとした食感まで備わったものは、ほかにはないのである。
小正月、旧正月までは、高級割烹ではよく使われるという。
そんな萵苣が、我が菜園には100本も植わっていた。十数年前にも作ったことがあったが、久しぶりの栽培であった。そこそこうまくできて、その対処に苦慮したとき、知り合いの板前さんが、「是非に」との声をかけていただいた。我が菜園の嫁ぎ先が決定、安堵した年末年始であった。プロに使っていただけることは、家庭菜園では最高の喜びである。
【萵苣】ちしゃ
キク科の一年草または二年草。レタス、サラダ菜、カキチシャ、タチヂシャなどに大別される代表的な蔬菜。ヨーロッパ原産で、古くから栽培されている。全体に白粉を帯び、切ると白い乳液が出る。根生葉は楕円形で大きく、茎葉は茎を抱く。夏、枝先に舌状花だけからなる淡黄色の花が咲く。漢名、萵苣・千層菜。ちさ。学名はLactuca sativa 《季・春》
「萵苣十二石九斗」〔宝亀二年・奉写一切経告朔解〕、「苣一万四千五百卅七把」〔正倉院文書‐天平六年・造仏所作物帳〕とあるように、奈良時代以前から栽培されており、「延喜式‐三九・内膳司」の記載からも、広く普及した野菜であったことが知れる。従って、新たに渡来した野菜も、赤チシャ(ホウレンソウ)、唐チシャ(フダンソウ)、オランダチシャ(エンダイブ)のようにチシャの仲間として受け入れた命名がなされている。
ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」
天主君山現受院願成寺住職
魚 尾 孝 久
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