前回の2021年8月16日号でメルマガ卒業を宣言させていただきましたが、ご住職から9月15日号もお願いしたいとのお申し出がありました。前回で出し尽くしたこともあり迷いましたが、たってのお願いということなので引き受けさせてもらうことにしました。さて、何について書いたら良いか。
8月20日に静岡県にも緊急事態宣言が発せられて、私の会社は出社人数制限を掛けています。会社からは「ワクチン2回目接種後14日経てば緊急事態宣言発出地域からでも出社可」との方針も出ており、8月6日に2回目の接種を終えたので三島に行く権利は得ています。しかし、業務上出社必須の社員を優先しなければならないため、8月は行くことができませんでした。今年は1月と4月に3日間ずつしか出社しておらず、回覧物などが溜まっているので何とか調整をしてもらい、9月7-10日の4日間出社させてもらうことができました。9月末の4日間も出社できることになりましたが、緊急事態宣言が解除になり自由に出社できるようになることを願っています。
約5か月振りの出社で一番困ったことが、三島の拠点としているアパートの状態です。5-8月は大雨が降ったり猛暑が続いたりしていたので、部屋がかび臭くなっていました。夏場のあいだ窓を閉めっぱなしにしていたので、無理もありません。すぐに窓を全開にして扇風機を回しましたが、9月末の三島出社時にも同じことをしないとならないでしょう。
このような経験をしたこともあり、コロナ禍による勤務形態の変化、足音が聞こえて来た定年退職、そういったことを考えて、三島の拠点をアパートではなくホテルにする決断をしました。会社の考え方も、在宅勤務に軸足を置きながら必要な時に三島に出社する勤務形態を、私だけではなく、それが可能な職場の全社員に推奨するように変わるようです。拠点がホテルになると、三島出社が毎週ではなくなり、宿泊は1泊か2泊になりそうです。昨年春ころからコロナ騒動に巻き込まれてほとんど三島に来ることができなくなっていましたが、こんな形で三島在住を終えるとは思っていませんでした。どうでも良いことかもしれませんが、10枚以上も残っている「極楽湯」の回数券どうしようかな。
三島に拠点があることで、「広報三島」が月に2回郵便受けに入ってきます。9月7日の夕方にアパートを訪れると、郵便受けの中は郵便物や配布物でいっぱいでした。不在中のすべての号が入っていたわけではないのですが、ほこりを被っていた広報をきれいにして、内容確認していたところ嬉しい記事が目に入って来ました。7月1日号の裏表紙には、静岡県の本当に住みやすい街の第一位に三島広小路が選ばれたという記事が。6月1日号の「歴史の小箱」には、願成寺のことが川原ヶ谷の歴史と共に紹介されていました。今後配られることもなくなってしまうのは寂しいですが、三島市のHPからPDF版を見ることができるようなので、たまに覗いてみるつもりです。
三島在住という理由で、昨年末には山中城跡クラウドファンディングに参加しました。今年3月の山中城跡のイベントで、名前入りの幟が立つということだったのですが、コロナの影響で三島に行けず見ることができませんでした。限定版御城印を頂いたので、今のところそれで我慢しています。来年のイベントが開催された場合には、是非参加して幟を確認し、三島市に貢献したことを肌で感じたいものです。
東京パラリンピックが9月5日に閉幕しました。結局、オリンピックとパラリンピックで当たった試合はすべて無観客になってしまいましたが、当たった人の特典としてチケットのPDFを手に入れることができました。そのチケットで何かができるわけではないのですが、三島在住最後の年に行われたイベントの記念として、大事にしていきます。
今回が、正真正銘最後の担当になります。また、三島の拠点を引き上げることも決めました。初めて三島でアパート暮らしを始めたのが1987年11月。それ以来、長期出張なども含めると社会人生活の3分の2を三島で過ごしたことになります。長い間、いろいろな方々にお世話になりました。ありがとうございます。頻度は減りますが、まだしばらく三島を訪れる生活が続きます。これからも、どうぞよろしくお願い致します。
【バックナンバーを読んだ方にはわかるその後の珍名字発見情報】(敬称略)
2021年8月中旬から9月中旬の「昼休みの自宅周辺散歩」で見つけた
“名字由来net”(https://myoji-yurai.net/)で10,000位以上の名字
栗津、鯉塚、元文、如月、角松、児美川、楊箸、笠掛、金廣、寄木、栗澤、重清、比企野、母里
三島長期単身赴任中
雨 宮 隆
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